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TOBの価格はこうして決まる!公開買付けの価格決定プロセス完全ガイド~エレマテック(2715)のTOBを例にして~

豊田通商が2024年10月29日に連結子会社エレマテック株を公開買い付け(TOB)し完全子会社化すると発表しました。概要は以下の通りです。
10月29日終値 1705円
買い付け価格 2400円
買い付け期間 10月30日~12月11日
買い付け代金 約406億円
現在保有株式 58.63%

本記事では企業買収の世界で繰り広げられる緻密な駆け引きを解説。株式公開買付(TOB)の裏側には、数字と戦略が織りなす緊迫のドラマがあります。今回は、豊田通商によるエレマテック買収のケースを通じて、TOBにおける株価算定のプロセスと価格交渉の舞台裏に迫ります。独立した第三者機関による精緻な分析、特別委員会の役割、そして両社の綱引きのような交渉過程。企業価値評価の実態と、少数株主の利益を守るための仕組みを、具体的な数字とともに解き明かしていきます。M&Aの世界を覗く、稀少な機会をお見逃しなく。

語句解説もあいだに付しましたので読みやすい記事となっています。

1. 独立した第三者算定機関の選定

まずは第三者機関がエレマテックの企業価値を算定します。公開買付者(豊田通商)も対象者(エレマテック)もそれぞれ第三者機関を用意します。

  • 公開買付者(豊田通商):野村證券

  • 対象者(エレマテック):大和証券

2. 株式価値算定手法

今回は両社の算定機関とも下の手法で企業価値を算定しました:

  1. 市場株価平均法

  2. 類似会社比較法

  3. DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)

DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)とは??
DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー法)は、将来に得られるお金(キャッシュフロー)を現在の価値に換算し、その企業やプロジェクトがどれくらいの価値を持つかを判断する方法です。
たとえば、企業が来年や再来年に得られる利益(キャッシュフロー)は、今すぐ手に入るお金より価値が低いと考えます。なぜなら、将来のお金には「インフレ」「リスク」などの影響があるからです。そのため、DCF法では「割引率」という数字を使って、将来の利益を今の価値に変換(割引)し、その合計で企業価値を計算します。
つまり、DCF法は「未来の利益を今の価値に直して、今その企業がどれだけ価値があるかを知る」ための計算方法です。

3. 算定結果

その結果それぞれ以下のような結果となりました。

野村證券(公開買付者側):

  • 市場株価平均法:1,696円〜1,867円

  • 類似会社比較法:1,411円〜2,698円

  • DCF法:1,715円〜2,771円

大和証券(対象者側):

  • 市場株価平均法:1,697円〜1,867円

  • 類似会社比較法:1,981円〜2,275円

  • DCF法:2,327円〜2,712円

市場株価平均法とは??
市場株価法では、2024年10月28日を算定基準日として、対象者株式の東京証券取引所プライム市場における
✓基準日の終値1,697 円、
✓直近1ヶ月間(2024 年9月30日から2024年10月28日まで)の終値単純平均値1,731円、
✓直近3ヶ月間(2024年7月29日から2024年10月28日まで)の終値単純平均値1,747円及び
✓直近6ヶ月間(2024年4月30日から2024年10月28日まで)の終値単純平均値1,867 円
を基に、対象者株式の1株当たりの価値の範囲を1,697円~1,867円と算定します。

類似会社比較法とは??
類似会社比較法では、対象者と類似性があると判断される類似上場会社として、
✓マクニカホールディングス株式会社、
✓加賀電子株式会社及び
✓東京エレクトロン デバイス株式会社
を選定したうえで、企業価値に対する EBITDA の倍率を用いて算定を行い、対象者株式の1株当たり価値の範囲を1,981 円~2,275 円と算定しているとのことです。

補足
DCF 法では、対象者が作成した事業計画を基に、2025 年3月期から 2028 年3月期までの4期分の事業計画における収益や投資計画、一般に公開された情報等の諸要素を前提として、対象者が2025 年3月期以降創出すると見込まれるフリー・キャッシュ・フローを一定の割引率で現在価値に割り引いて対象者の企業価値や株式価値を分析し、対象者株式の1株当たり価値の範囲を2,327円~2,712 円までと算定しているとのことです。また、割引率は8.4%~9.4%を採用しており、継続価値の算定にあたっては永久成長率法を採用し、永久成長率は0.0%~1.0%として算定しているとのことです。

4. 公開買付価格の交渉プロセス

次に、上の算定結果をもとに、特別委員会で価格交渉が行われます。特別委員会は、社外取締役、独立性の高い専門家、利害関係のない第三者、少数株主の利益を代表できる人物などがメンバーとなっています。取引の公正性確保、少数株主利益の保護、公開買付価格の交渉への実質的関与などが目的の組織です。今回のエレマテックのTOBは以下のように数回特別委員会が開催されました。

  1. 2024年10月9日:初回提案(2,100円)

  2. 10月15日:2回目の提案(2,300円)

  3. 10月22日:3回目の提案(2,380円)

  4. 10月24日:4回目の提案(2,380円、再提案)

  5. 10月25日:最終提案(2,400円)で合意 *プレミアム約40.7%

5. 価格決定の考慮要因

買い付け価格の決定は以下を考慮して行われます。

  • 第三者算定機関の算定結果

  • デュー・ディリジェンスの結果

  • 対象者取締役会の賛同可否

  • 応募の見通し

  • 対象者との協議・交渉結果

市場株価平均法の上限を上回り、類似会社比較法のDCF法の範囲内におさまり、特別委員会が妥当性を確認しました。


このようなプロセスを通じて、公開買付者と対象者は、独立した第三者算定機関の評価結果を基に、公正性と透明性を確保しながら価格交渉を行い、最終的な公開買付価格を決定しました。特別委員会の関与により、少数株主の利益にも配慮された価格設定となっています。

少数株主とは??
少数株主の定義は状況によって異なる場合がありますが、一般的には以下のような株主を指します:

  1. 個人投資家:上場企業の場合、市場で少量の株式を購入した個人投資家。

  2. 小規模な機関投資家:大量の株式は保有していない投資信託や年金基金など。

  3. 従業員持株会のメンバー:会社の従業員が少量の株式を保有している場合。

  4. 非上場企業の場合:創業者の親族や元従業員など、主要株主ではない株主。

  5. 議決権の少ない株主:議決権ベースで会社の意思決定に大きな影響を与えられない株主。

これらの株主は、個別では会社の意思決定に大きな影響力を持ちませんが、集団として行動すれば一定の影響力を持つ可能性があります。また、少数株主権を行使することで、会社の経営を監視し、不正を防ぐ役割を果たすこともあります。一方で、支配株主や経営陣の判断によっては、少数株主の利益が軽視されるリスクもあるため、法律や取引所の規則によって少数株主の権利が保護されています。


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