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寿司と愛⑧~脱走~

「おい!!起きろ!!ゆうせい起きろ!!」


何度も何度も体を揺さぶられる


「うるせぇななんだよ、朝っぱらから」


そう言って薄く目を開ける


目の前にいたのは


俺の唯一の同期と言っていいだろう


高岡 幸一郎(21)だった


この高岡という男は


服部専門学校で料理を習い


東京の新橋にある京料理屋に就職を決めていたのだが


就職する直前に


親に連れてこられた寿司屋で


寿司職人の仕事に痺れ、ほれ込んでしまい


その場ですべての就職先を蹴り


「働かせてください」


と直談判し


寿司職人の道を歩むことに決めた


そう、その寿司屋というのが


今俺がいる久十兵衛であった


この高岡 幸一郎の父親も


寿司職人であり


千葉で3本の指に入る寿司屋を営んでいるのだが


それを知ったのはもっと先の話




俺が職場で仲良くしており、唯一



腹をわって話していたのがコイツだけだった


「あれ・・こういちろう、なんでもお前がここに?」


俺よりもいくつか年は上だが


同期であるためにいつもタメ語だ


「お前、覚えてないのか!?お前及川に刺されて救急車で運ばれたんだぞ!?」


「え・・あ・・まじかよ・・」


そう言って

閉じていたもう半分の目を開け


あたりを見回すと病院のベッドの上だった


右手は包帯でぐるぐる巻き


そして何かしらの薬が投与されているのか


残り3分の1ほどの残った点滴がぽたぽたと滴り落ちていた



「あああ!よかった!!俺ゆうせいが死んじまったと思って‥何時間もずっとここにいたんだぞ‥」



そう言って高岡光一郎は涙を浮かべた




「死ぬわけねえだろ、こんな切り傷で!次、及川にあったら叩きのめしてやるよ。
てか!!!こういちろう!!今何時だ!!」



「え!今もうすぐ22時だぞ?お前ほぼ丸一日気を失ってたんだぞ?」



こういちろうの言葉に俺は息が止まりそうになった



「え!?22時!!やべえ!!!今日の営業後にオークラの親方との対決があるんだ!!今日勝ったら俺はつけ場にたてるんだ!!」



「バカいってんじゃねえぞゆうせい!お前の右手はほとんど今は動かない!!下手したら一生動かせないからだになったかもしれないんだぞ!そんな対決いつだって出来るだろ!今は安静にしてろ!俺が親方に言っておいてやるから」


そう言って


たかおかはiPhoneをポケットから取り出す


「やめろ!てめえ!男に二言はねえん!!」


そういって俺は点滴を力ずくでとり、包帯を外した


幸運なことに


手のひらにはおびただしい縫い跡があったが


外からは目立たない傷であった


ただ


うまく右手が動かない


全く力が入らなかった


「ちきしょう!!ちきしょう!!力はいれよこのやろう!!」


自分の手じゃなくなったような右手


ただ


今の俺にはもう


このチャンスしか残されてない


一日でも早く


死んだ親父の店を再起させるには


俺が


俺が立て直すしかないと肌で感じていた


だから


無条件に


勝手に体が動いた


俺はベッドから立ち上がり


病室のガラスをけ破り


脱走し、決戦場に向かったのだった



・・・・・・・・・・・

その頃、勝負の舞台となる久十兵衛は

・・・・・・・・・・・

「今田親方、その若い衆、びびって逃げちゃったんじゃないですか?」


ホテルオークラ久十兵衛


世界的な要人や国賓級のゲストが集まる寿司屋で


久十兵衛史上最も早く


鮨を握り、切り盛りしている男


三崎 仁基(みさき ひとき)


弱冠35歳

入社数年

異例のスピードで昇格を続け


久十兵衛オークラ店の


過去最高年間動員数、過去最高売上、レビューサイト過去最高評価


を作り出した男




「残念だな・・亡くなったさえき田の息子さんだって言うから挑戦状を受けたんですけど、ビビッて逃げちゃったんですかね?」



「ふむ、まあ23時まであと7分ある。7分だけ待ってくれんかね」



そう言ってお茶をすする今田親方



カチ
カチ
カチ



時計の針は無情にも過ぎていく・・・・


そして…







「明日の仕込みもあるので、そろそろ帰る準備をします。」



そう言って


三崎が立ちあがったその瞬間


ガラガラガラ


勢いよくヒノキの扉が開いた


そう

そこには


息を切らした


本日の主役でありながらも


前日に右腕に大けがを負った男


佐伯田優生が一人立っていた


そして


驚いたことに


今までまともに寿司を握らせてもらったこともない


ろくに魚の切り方も習ってない


そんな男が


レジェンド達を相手に


うっすらと


笑みを浮かべ




「さあ、パーティーをはじめようぜ」





レオナルドディカプリオのようなことを言い放ったのであった



その言葉に


50人以上いる


いまかいまかと



二人の決戦を待ち望んでいる板前たちの表情も



真剣となり



静寂がつつんだ



そして、佐伯田のその言葉を聞いた三崎は


何故か


笑ったのであった


ただし、不思議と佐伯田を馬鹿にした表情ではなかった


その表情は



挑戦者を受けいれる



自身の稔二から起こるものであった


「小僧、受けてたってやる
天国のお前の親父へのレクイエムだ、
俺が相手になってやることをありがたく思え」




ピピピピピピピピピピピピピピピッ


突如

タイマーから発したアラームとともに



決戦の火ぶたがこれより切られる

(つづき)












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