マイナンバーとソーシャルセキュリティ番号 【アメリカと日本の情報セキュリティの現状を比較・その2 】
本稿では引き続きシリコンバレー在住25年の筆者が、今後日本でも起こり得るサイバー犯罪に警鐘を鳴らす意味も込め、サイバー犯罪先進国のアメリカと日本の情報セキュリティーの現状を一般市民の観点から比較する。
はじめに
前回は日米におけるオレオレ詐欺や情報漏洩に対する現状の比較や対策、さらにはアメリカで行われているコンピューター乗っ取り詐欺の手法などについて解説した。
この記事で挙げた主なポイントを以下にまとめてみたが、詐欺の実例など本稿と併せて是非読んでいただきたい。
日本とアメリカのオレオレ詐欺比較
リンクをクリックすることによって漏れる情報
個人レベルでできるセキュリティ対策
日米の情報漏洩に対する意識比較
クレジットカードの不正利用
コンピューター乗っ取り詐欺の仕組み
第2回目の本稿では、今後日本でも起こり得るマイナンバーを使った犯罪を未然に防ぐことを促す目的に、アメリカで長年運用されているソーシャルセキュリティ番号と比較した上で、実際起きている問題について解説する。
アメリカのソーシャルセキュリティ番号とは?
本題に入る前にまずはソーシャルセキュリティ番号の歴史や背景について不振り返ってみる。
ソーシャルセキュリティとは今から80年以上前の1936年に設立されたアメリカの年金や社会保障(障がい者保険、公的扶助)制度である。アメリカで働く人は外国人も含め、給与所得など全ての収入はSocial Security Number(SSN)という個人を識別する番号で社会保障局(SSA)によって管理されている。
ちなみにアメリカは日本と違い出生地主義なため、両親の国籍に関わらずアメリカで産まれた子供は皆アメリカ国籍が与えられる。病院で子供が産まれた時に出生届と共にSSNの発行の手続きを行うため、現代産まれてくるアメリカ人は皆SSNを持っていることになる。
そのため元々は個人所得を管理することを目的に作られたものの、今では個人を識別するための番号として民間でも幅広く使われるようになっている。
無くてはならない生活の一部
現代のアメリカで暮らすには持っていることが必須となっているソーシャルセキュリティー番号だが、具体的にどのような場面で必要となるか以下に列挙する。
銀行口座の開設
免許証の発行・更新
アパートの契約
学校の申込書
病院での受診
保険の請求
パスポートの申請
新しい職場へ入社
ローンの申請
確定申告
スーパーでお酒を購入する際などでも身分証明に免許証を見せることが日々あるが、その免許証を得るためにはソーシャルセキュリティ番号が必須となる。よって日本から来る駐在員が最初にクリアしないといけない関門はSSNの取得だ。逆に免許証さえあればある程度の生活は可能だが、特に上述の通り金融系に関連するところはSSN番号は必須となる。
ちなみにF1ビザ(学生ビザ)など、住むことは許されているけど働くことができない人がSSNを取得すると、NOT VALID FOR EMPLOYMENTと記載されたSSNが発行されるため働こうとしても雇用主にバレて却下されてしまう。
ソーシャルセキュリティカード
SSNはXXX-XX-XXXXの合計9桁の番号で構成されており、設立当初は最初の3桁は地域を表したり、真ん中の二桁はグループナンバーと言われ管理番号を示していたが、2011年からは番号の有効活用と不正防止のためランダムにアサインされている。
実際のカードは発行当初から紙製で、筆者も二十数年前に手に入れた時にはこんなので大丈夫なのかと疑ったことはある。
実際何度か偽造防止の対策のためマイナーなデザイン変更は行われているが、現在でも未だに紙製で郵便で自宅に送られ自分でサインするという、IT先進国とは思えないギャップがまたアメリカっぽい。
マイナンバー制度との比較
このように長い歴史を経て社会システムの役割を担っているアメリカのソーシャルセキュリティ番号制度だが、ここ数年でやっと普及し始めた日本のマイナンバー制度について考察しながら比較してみる。
反対される理由
日本国内ではマイナンバー制度へ対する反対意見もよく耳にするが、その理由としてよく挙げられているのが以下の三点だ。
情報漏洩に対する不安
プライバシーの侵害
資産・収入を全て把握される
最初の二つは日本人が特に過敏になる分からないものへの不安から起因するものだと思うが、3つ目の資産・収入を把握されることに関しては、甚だ疑問に感じる。
アメリカでは毎年所得があった者全員が確定申告を行わなければならないため、一般的に国民の税に対する意識が日本人より間違いなく高い。そのため自分の収入や資産がいくらあるか、またそれに対する節税の方法などに関する知識を持っている人も多い。
その観点から資産や収入を全て国に把握されるのは当たり前で、逆に把握されていないような資産が後から出てくると、恐ろしい程の追徴課税が科される。なのでフリーランスなど複数の仕事を持っている人にとっては、ソーシャルセキュリティー番号によって管理されることによって、正しい総所得が計算されるだけでなく、複数雇用主に天引きされている雇用税の過払いなども防ぐことにも繋がる。
日本政府の思惑
そもそもキャッシュ文化が根強い日本では、POS端末を使っていない自営業の飲食店や店舗などが多く、売上をどんぶり勘定で報告している場合も散見する。
対してアメリカはクレジットカードが長く浸透しているため記録が残りやすく、税務署による査察も(特に現金決済が多い飲食店などは)頻繁に行われている。よって職員も手慣れたもので、各種POS端末の操作を把握しており売上レポートの出し方まだ把握していることもある。
よってマイナンバーが浸透すれば個人所得がより厳密に管理されるため、個人事業主で商売をしている人などは特に事業経費との線引きをよりクリアにする必要が出てくる。
また、少し横道に逸れるが、事業者向けに来年度から始まるインボイス制度も、これまでアナログできちんと管理されていなかった、あやふやなシステムを正すという意味では、政府の思惑はマイナンバー普及の意図と同じである。
アメリカで起きている問題
さて、システムで一元管理できるようになれば便利になることも増える反面、マイナンバー制度に反対派が懸念しているような情報漏洩などこれまでは無かったような犯罪も増えてくることは否定できない。
そこでアメリカでソーシャルセキュリティ番号に関連した実際起きている犯罪などについて紹介し、それらを知っておくことによって今後日本で起こり得るマイナンバーを使った犯罪の予防に繋がればと思う。
闇市場での取引
前述の通りアメリカではソーシャルセキュリティ番号がないと職につくことも難しいため、SSNを持たずに働く場合には労災保険や雇用法に守られずこっそりキャッシュ払いで雇ってくれる雇い主を見つけるか、親戚の番号を「借りる」ことができない人の中には闇市場でSSNを買って来るしかない。
アメリカではメキシコなどからの不法移民が数多く生活しており、実際彼らの労働力のお陰で社会システムがまわっている側面も否定できない。そのため彼らは元々の所持者が死亡したり国外に出ていって使われていないSSNを闇市場で購入して、その番号を使って生活をしているケースは多々ある。
日本でも既に不法滞在をしている外国人向けに偽造在留カードが闇市場で出回っているが、これと同じようなことがマイナンバー制度でも起きることは容易に想像できる。
なりすまし詐欺
ソーシャルセキュリティ番号は前述の通りアメリカ人は産まれた時から持っているが、実際利用し始めるのは成人になってからというケースがほとんどだ。つまり発行されてから18年~20年はカードを見ることもなく保管しているのだが、そのため何らかの方法で番号が他人に使われていても気付かないことが多い。
いざ初めてクレジットカードを作ろうとした時に、過去に破産申請しているから作れなかったか、車の免許を取ろうとしたら過去に免停になっているからまだ取れないとか、身に覚えのない理由を告げられ初めてなりすまし詐欺の被害に気付いたというのも珍しくない。
ソーシャルセキュリティカードは紙製で普段持ち歩くこともほとんどないためこういうことが起きても不思議ではないが、その点マイナンバーカードはICカードで本人確認のための写真が保管されていたり、有効期限があったりするのでまだマシなのかもしれない。ただ知らないうちにカードが盗難されるということもあるのでやはり同様の被害に遭わないよう、特に子供のカードに関しては保管場所には注意が必要だ。
まとめ
今回はアメリカで80年以上の歴史を持つソーシャルセキュリティ番号について理解を深めることによって、今後起こり得るマイナンバーを使った犯罪について紹介した。
日本はデジタル庁の設立やマイナンバーの普及と共に、ようやくアナログからデジタルへ社会システムへ移行し始めているが、良くも悪くも一歩先を行くアメリカが歩んで来た道のりを紐解くことによって、今後日本が直面する情報セキュリティーやサイバー犯罪について早急に対策を打つ必要があると考えている。
次回シリーズ最終回では、マイナンバーやSSNによって名寄せされた情報がどのように使われるかを含め、そもそも本人確認がどのように行われているのかという点について、アメリカと日本の情報セキュリティーに対する意識の違いを比較してみる。