若者言葉における関西弁の副詞「バリ」の借用と用法の変化について

断り
今回例示したツイートについては、あくまで新しい用法の使い方として例示したのみであり、語の用法が規範的かどうか、あるいは規範的であることの善悪を判断するものではない。また、アカウントの利用者の属性について、慎重に判別可能な範囲で検討し、用例の収集に取り組んだ。しかし、推測に誤りがある可能性は十分に含まれる。この場合も偏見に基づく差別的な見方ではなく、あくまでツイッターと言う言語空間の中で日本語変種としての方言を用いているかどうかを検討しているものである。誤りがあれば陳謝し、撤回する。

目次

1.はじめに
2.副詞「バリ」の出現と定着
3.SNSを対象とするコーパス収集方法の考察
4.調査結果
5.まとめ
6.追記
7.参考文献

 

Thesis Statement


博多を中心に使われる、程度を表す副詞である「ばり」は近年急速に全国に広まっており、ツイッターでの用例を観察すると、使用方法が変化していることも窺える。

用語の解説

本稿で用いる用語について簡単に説明する。

言語変種(方言)


ある言語において、特定の集団によって用いられる言葉のこと。分かりやすい例としては、地域方言(関西弁、鹿児島弁等々)が挙げられる。
特定の社会集団において用いられるものも言語変種に数える。つまり、「ギャル語」や「若者言葉」も変種であり、我々が普段規範的文法体系として認識する「標準語」もまた変種の1つである。

借用語

他の言語から別の言語へと取り入れられた語。

 

1.はじめに

近年、若者の間では関西弁風の言葉が用いられるようになってきているとの指摘が存在する[1]。学術研究の領域では嶋田ら(2023)が非関西弁話者の若者のあいだで語末に「ねん」を用いる借用が、language crossingに当たると指摘している。しかし、管見の限りでは標準語における関西弁借用の実態は把握されておらず、コーパス収集や分析は行われていない。そこで、本稿では比較的メジャーな借用語だと思われる博多弁の「バリ」に焦点を当てて、その通時的な浸透と変化について考察してみたい。

福岡を中心に用いられていた副詞「ばり」はラーメンのゆで方の一種である「バリカタ」という表現を通して全国に知られていた[2]ものの、全国的に用いられる言葉ではなかった。しかし、近年は福岡を離れて首都圏方言でも用いられるようになってきている。以下に示すのはその一例である。

Tik tokより

いずれの動画も標準語を基調とする言葉遣いをしている[3]。しかしながら「おもろい」を強調する程度を表す副詞として用いているため、博多弁で使われる際の意味を保持しながら全国で「ばり」という語が、特に若年層の間に浸透していることが伺えるだろう。そこで、特に用例が多い「バリおもろい」を中心に、バリを含む表現について観察する。”バリ+特定の形容詞”という表現が特に見られることから、これを「バリフレーズ」と呼び、その実態を考察する。

本稿ではTwitterの検索結果を基に、この語が浸透し始めた時期を検討する。そして近時では同じく程度を表す若者言葉である「思いっきり」や「マジ」などと類似する用例が観察されることにも言及する。

なお、本稿で「ツイッター」と言及するSNSは現在Xという商標を用いているものの、簡便のため、ツイッターという表記に統一することを断っておく。

 

2.副詞「バリ」の出現と定着

永瀬(2000)は1994年と1997年の2回に渡って若者言葉の中に見られる新語について調査した。その結果、「とても」の変種の1つとして「バリ」が存在することを明らかにし、1997年には「バリ」が定着している地域が非常に増加したとも述べている。1997年調査では関東圏でも「バリ」が複数地点で観察されており、広い範囲で定着した語であると言えるだろう。

現在では西日本で広く使われる表現として認識されており[4][5]、その代表格として博多弁が挙げられることが多い[6]。博多弁が代表格と認識される理由は発祥地であると見なされており[7]、近年の博多弁ブーム[8]や「バリカタ」などの表現によって全国的に「バリ」を含むフレーズが博多由来だと強調されてきたからだと推測される。

3.SNSを対象とするコーパス収集方法の考察

岡田(2013)ではインターネットを通して新語研究を行う手法を考察しており、探索領域の1つとしてツイッターを挙げている。岡田によればツイッターにおける書き手は一般人であり、また校閲が入らず、改まった文体ではないことから規範的な文法から逸脱した記述が見られると考察している。

本稿では口語的表現としての「バリ」に注目するため、ツイッターという媒体は表現の通時的変化を概観するのに適していると言えるだろう。ウェブは多様な情報を含むものの、発信者が匿名で活動していることもある[9]。そのため、使用実態を正確に把握することは難しい。

そこで、本論ではこれらの問題を回避しながら大まかな経年変化を辿る方法について考えてみたい。具体的に用いた方法は下記である。

 

① グーグル検索を通して「バリ」関連フレーズの使用数変化を調査

② ①の結果を基に、語使用が拡大した時期における使用者、意味の変化が生じているか、ツイートを基にした質的調査を実施

予算的制約からツイッターでの特定語彙のツイート数を探ることは難しい。そのため、グーグル検索などを用いて、ブログや他SNS、メディアなども含めた大雑把な使用数の変化を把握することを試みた。方法としてはバリフレーズを、期間を限定して検索した。グーグル検索ではコマンドを用いて時期や検索結果を絞ることができる。

beforeコマンドはbefore:yyyy-mm-ddという形で、特定の年月日以前の検索結果のみを表示できる。本稿ではbeforeコマンドを用いて、各年の検索ヒット数を調査した。また、「バリ島」や金属加工の際に生じる「バリ」といった語も検索にかかってしまうため、マイナス検索を用いてなるべく影響を排除できるように試みた。

ツイートに関しては、検索数を調べられないことから性質の分析に重点を当てた。具体的には、身元が比較的明らかになっているアカウントを中心にツイートを収集し、それらの意味分析を試みるという形で調査を行った。

ツイッターの検索欄には「話題のツイート」と「最新のツイート」というタブが存在する。時期を限定して検索したうえで、最新のツイートタブで表示されるツイートのうち、非博多弁話者である確度が高いアカウントからの発信を収集、分析した。比較的恣意性の入り込みづらい収集方法であり、簡便であるため、今回はこのような手法に拠った。

4.調査結果

4.1.  グーグルにおける検索数

次の検索クエリを用い、各年における「バリ」使用フレーズの推移を調べた。

"バリ+形容詞" -"島" -"観光" -"ツアー" -"旅行" -"インドネシア" -"ホテル" -"客室" -"金属" -"加工" -"ゴム" -"ウェイト" -"靴" -"ストーン" -"アラビカ" before:yyyy-12-31"


単位:件


単位:件

図 1 バリ使用フレーズの検索ヒット数 (見やすさの都合上、2段に分割した)


図 2検索ヒット数前年比

グーグル検索を通して得られる検索結果はYoutube等の動画、ブログ、HPが主であるため、口語的な表現が観察しやすいSNSや各種サイトのコメント欄における利用数は集計できない。
しかし、絶対数の推移としては2018年から2022年にかけていずれのフレーズも増加しており、この期間に借用が進んだのではないかと予想される。特に「バリウケる」は検索ヒット数が2021年から2022年にかけて大幅に増加しており、人口に膾炙したものと見られる。次節では2018年から2021年にかけて収集された用例を観察してみたい。

4.2.      バリフレーズの用例観察

「バリおもろい」という表現について、各年の用例を収集した。方法としては以下のクエリで検索した結果として表示されるツイートのうち、非西日本居住者であることが投稿から明らかなものを中心に掲載した。

“バリおもろい” until:yyyy-04-01
“バリ” until:yyyy-04-01

なお、期間の制限を12月末としなかったのは、各年における用例を観察するために、各年の半ばの結果を収集しようと考えたためである。また、いずれも2024年7月19日に取得した。

本稿では各年2例ずつ掲載する。

2018年

ツイート①
あ ゆ @a__jun0830

ぬるぬるおもろすぎwww鈴木奈々バリおもろいし最高wwwお姉さんもめっちゃ頑張ってた!
午後11:37 · 2018年3月31日

ツイート②
わかめこ @wakame_ko

戯れにラテン語の学習書を買ってみたんだけどバリおもろいな。
午前11:31 · 2018年3月30日

 

2019年

ツイート③
ま @grave_keeper27

不穏❌っていってるやつが不穏してるのバリおもろい
午後2:16 · 2019年3月27日

 

ゆうせ🌹@st_ry35
ツイート④

みんながんばりんしょ( ´ •̥ ̫ •̥ ` )初日1日拘束バリウケ( ´ •̥ ̫ •̥ ` )
午前8:56 · 2019年4月1日

 

2020年

ツイート⑤
미유 @miyu07898951

え、待って笑
最近なりきり流行ってんの?笑
バリおもろいやん爆笑
会話とか見てて1人でにやけてるなう
いやキモすぎかよ爆笑
午後11:15 · 2020年3月31日

 

ツイート⑥
豆虎@2日目(月)東フ-45a @mmtrum

平熱バリ高マンなので普段から36.8度くらいある
午前8:30 · 2020年4月1日

 

2021年


ツイート⑦
なめたけ/ゲーム配信 @SSBU_nametake

いれ?今日マンキンやるやん!!
楽しみーw
OP見る限りだと完成度バリ高そう
午前8:50 · 2021年4月1日

 

ツイート⑧
中島草太 | BECOME Inc. CEO @nakazi555

社会人になったみんなへ 筋トレをするといいぞ もし苦手な人にバリ怒られるようなことがあっても「私が本気出せば貴方をひねり潰せるけど...?」って思えるからな もちろん本当にひねり潰しちゃダメだぞ それじゃ社会人がんばってな
午前8:43 · 2021年4月1日

 

各年の用例について観察してみると、いずれの年においても原義の「とても」の意味を保持していることが分かる。大半のツイートは「バリ」以外の語彙は標準語に依拠しており、「バリ」のみを借用して用いていることが分かる。

しかし、ツイート⑤、ツイート⑦のように「ヤン」という関西弁由来と思われる語末表現を用いている用例も存在する。⑤、⑦を発信したアカウントの他のツイートなどを確認したが、どちらも長期間関東在住であることを察せられる内容であり、またこれらのツイート以外に関西弁と思しき表現を用いている投稿は確認されなかった。すなわち、標準語的言語空間の中において一般に方言と認識される表現を用いているのである。

そのため、これらの表現は方言として習得したものではなく、語末表現の借用にあたると考えるのが妥当だろう。嶋田ら(2023)が指摘したような関西弁の借用が、語末表現「ネン」以外にも生じていることを示唆する用例である。

一方、ツイート①~⑧とは意味が異なる用例が確認された。以下⑨~⑫ではそれを記す。 

派生的用法

ツイート⑨
れりび @10shock_letitbe

バリ現場で働くおばちゃんが出向で異動してくるし、あいつは無脳だと噂を立てられてるやるが異動してくる。
胸騒ぎしかねぇ。胸騒ぎしか起こっていなんじゃい。
午前8:47 · 2021年4月1日

 


ツイート⑩
ひろき @H1bk_a_aym

バリ学生じゃ
午後3:41 · 2024年6月3日

 

ツイート⑪
鴎 🥕ヒメヒナ8/2.3両日@samapoke_kamome

5号機の時なんかバリ学生の時で、なんとかまどかだけは打ちたくて初まどの為にバイトしてたまである
午後3:50 · 2024年6月14日

 

ツイート⑫
定義/DEF@7/19 #AOTC @TEiGi_def

スタッフさんと間違えられるけどバリ客です、すいません…
午後7:50 · 2024年6月22日

 

ツイート⑨~⑫はいずれも、標準語の「とても」に該当しない表現である。「バリ」を「とても」に置き換えたとき、文法機能的にも意味的にも不整合が生じる。例えばツイート⑫で置換した場合、「スタッフさんと間違えられるけどとても客です、すいません…」となり、通じない。また、いずれのアカウントも①~⑧と同様に西日本出身者であることは確認できない。そのため借用表現の「バリ」に、派生的な用法がしょうじたのだと考えられる。

これらの表現がいつ頃から生じてきたのかは不明だが、ツイート⑨から少なくとも2021年頃には派生的な用法が芽生えつつあったことが伺える。これらの用例はそれぞれ、⑨では「現場一筋で」⑩、⑪では「まさしく学生の時分に」⑫では「ただの客であり、それ以上の役割を持っていない」という意味で「バリ」を用いている。
続いて、これらの意味がなぜ生じたのかを、既に標準語として定着した表現との比較から考察してみたい。

 

ツイート⑬
レイディース=F=ブランシュタイン @gorotukipantu

はるQンもお若いっていうか思いっきり学生さんだけど、私も16歳でネットデビューして、オフ会とかネトゲとか色々やってたからなー。ネットで精力的に活動してる高1っていうのは親近感を感じるわよ。
そしてモンスター愛でゲーム制作している同志!
はるQンの制作物にはいつもインスピレーションを貰っ
午後8:27 · 2024年7月3日

ツイート⑬は方言の借用語を含まないが、本論の分析において興味深く、参考になるツイートである。ツイート⑬では「思いっきり学生」という表現が含まれている。

「思い切り」(思いっきり)という語の意味としては「①あきらめ。また、決心。②いきおいがあること。のびのびしていること。③惜しみなく。大幅に。④非常に。⑤完全に。明らかに。」[10]である。このうち、⑤の意味で「思いっきり」が用いられている。一方、「思いっきり」は④のように程度を表す場合もあり、「オモイッキリ」と同様の意味を持つ「バリ」が混同された結果として、⑤の意味が「バリ」に付加されたのではないかと考えられる。

 

5.まとめ

近年ではマスメディアの発達によって、地理的に接していない地域へと、ある地域で用いられている言語変種が伝播する事例も多く観察される[11]。本稿で取り上げた「バリ」もそのような伝播の一種であると言えるだろう。

しかし、数年の間で全国的に用いられることになった点はSNSの影響抜きにはありえないことだろう。インターネットによって物理的に対面しなくても言葉のやり取りが可能である点や、SNSの口語性が影響し、今回観察したような急速な拡大、定着が生じたものだと考えられる。また、借用語が類似の言葉の置換によって新たな意味を獲得している様子が観察されたことも興味深い。

今後の課題としては、他の語彙でも「バリ」のような借用が生じているのかどうかは論点となる。また、関西弁や博多弁のような話者が多く、影響力が大きい方言以外でも他の方言への借用が生じているのかを調査する必要があるだろう。SNSを用いた調査には制約がつきまとうことから、SNS上での言葉の動きを間接的に測る手法も生み出していかなくてはならない。

6.追記

さて、今回観察した用例の発信者は20代後半かそれ以上の年代層と思われるアカウントが多かった。そこで、「バリ」を利用する年代に偏りがあるのではないかと考えた。年代に関する調査はSNSでは難しいが、筆者の所有するアカウントで年代と「バリ」フレーズの使用経験について簡単にアンケートを行った。以下に記す。

筆者のフォロワーの属性には大きな偏りが存在するだろうが、25歳以上の年代においてバリを使用/聞いたことがある層の割合が大きいのは興味深い。上述したが、今後大規模に「若者言葉」の実態解明を進めていけばさらに言語分布が明確に明らかになるだろう。

7.参考文献

依田綾乃「ツイッターに用いられる「―み」の用法」『信大国語教育』信州大学国語教育学会、2016-11、pp.1-12

岡田洋平「インターネットを利用した新語・流行語研究の可能性─「Twitter」の蔑称の拡散過程の検証を例として─」『新潟大学教育学部研究紀要 人文・社会科学編』新潟大学教育学部、2014-03、pp.127-154

嶋田珠巳 三上剛史「言語使用とアイデンティティ構成─社会言語学と現代社会論の交差─」『社会言語科学』社会言語科学会、2023-03、pp.9-24

堀尾佳以『若者言葉の研究─SNS時代の言語変化─』九州大学出版会、2022-05



[1]ラジオ関西トピックス ラジトピ『 Z世代をはじめ、全国で巻き起こっている“関西弁”の多用 ←ナゼ? 本来の使われ方と違うことも』ラジオ関西

https://jocr.jp/raditopi/2023/12/01/542724/

[2]明星食品

[3] 筆者がこれらの動画投稿者のアカウントを確認した限りでは関西出身者であることを匂わせる投稿はなかったため、出身地域をアイデンティティとして表出していないことは窺えよう。

[4] We love Yamaguchi 『えっ、それ方言なの?山口県の方言&活用形まとめ』

[5] やっせイズム『「ばり」ってどこの方言?意味は?関西弁ネイティブが解説するよ!』

[6] Yahoo 知恵袋

[7] 塩田芳久『「ばり」は博多弁か?』西日本新聞

[8] この一例として、新島秋一『博多弁の女の子はかわいいと思いませんか?』や木崎ちあき『博多豚骨ラーメンズ』が挙げられる。両作品とも「バリ」を使用しており、印象的である。

[9] 荻野綱男 田野村忠温『コーパスとしてのウェブ』、明治書院、講座ITと日本語研究 第6巻、2011年

[10] 見坊豪紀 市川孝 飛田良文 山崎誠 飯間浩明 塩田雄大『大きな活字の三省堂国語辞典』三省堂、第7版、2014-04、p.200

[11] 木部暢子「方言の多様性から見る日本語の将来─標準語ばかりでよいのか─」『学術の動向』、日本学術協力財団、第16巻、第5号、2011-05、pp.108-111

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