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【火花】不器用な人間が才能重視の世界に挑むおかしさ
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆
〜純文学の入門書として〜
2015年当時、お笑い芸人であるピースの又吉さんが本作で芥川賞を受賞したことでも一躍話題になった本書。
芥川賞を受賞した、ということからも、この小説は"純文学"ということになる。
"純文学"とは、一言で言うと、芸術性を重視した小説のことを指し、いわるゆ娯楽小説とは分けられているが、本作の著者である又吉さん曰く、昨今の小説作品ではこの"純文学"小説と娯楽小説の境目は曖昧になってきているそうだ。しかし、彼自身はこの作品を"純文学"として書き上げた。
そういう意味では、この作品を"純文学"作品と言って差し支えないだろう。
僕は、"純文学"というものが苦手だ。
単純に僕にはその良さが理解できないので、読んでいて苦しい。
しかし、本作は非常に読みやすい。僕のような純文学に苦手意識のある人でも読めると思う。
〜芸人が書く芸人のお話〜
さて、この物語は若手芸人の徳永が、天才肌の芸人・神谷に出会い、その神谷から芸人として人間として惹かれ影響されていく、というものである。
芸人がテーマであるこの小説は、まさしく芸人である又吉さんにしか書けなかった作品だろう。お笑い芸人、という肩書きで成功を目指す人々が一体どんな人物なのか、芸人でない人々にとっては想像もつかない。
音楽家や小説家のような創作者とも違うし、役者やダンサーのような表現者とも違う。芸人という肩書きは、他の何とも比較できない非常に稀有な存在だ。
一義的ではない"面白い"という感性に対し真摯に向き合い悩む、そして、1つ"ネタ"という作品を作り出せば、それを劇場で演じるのだが、そこには"間"や"空気"と言ったものをうまく操り、短い時間でお客さんを納得させなければいけない。
恐ろしく色んな才能が試される世界だ。
そんな世界の話など、その世界に真摯に身を置いた経験のある人にしか書けないだろう。ある意味、又吉さん自身の経験を遺憾なく武器にして書き上げた傑作だと言える。
〜不器用な2人の芸人〜
さて、そんな誰も想像出来ない芸人の世界で出会った若手芸人・徳永と天才肌な芸人・神谷。
この2人の不器用さが読んでいて非常に悲哀な気持ちになってしまう。
徳永はおよそ芸人とは思えないほど人付き合いは悪く決して明るい人間とは言えない。芸人でなくとも、不器用さが露わになっている人物だ。一方の神谷は、明るく活発で怖いもの知らずなTHE・芸人といった雰囲気なのだが、あまりにもまっすぐすぎて、自分の信じたやり方を変えられないという不器用さがある。
こんな不器用で見ていてどうしようも無い2人が、会話の全てを笑いにしようとする様子が対比的に哀しさを生み出している。
人々を笑わせようと苦心する2人の姿が本当に哀しいのだ。
不器用な人間の姿が、お笑い芸人というフィルターを通すことでこんなにもおかしくも哀しく見えてしまうのか。
人間の哀しさを描き切った良作である。