【悪魔の傾聴】インタビューや取材を生業とするライターや編集者向けの一冊
オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆
〜目的は「相手に本音を喋らせること」〜
著者である中村淳彦さんは、ノンフィクションライターであり、AV女優や風俗嬢を相手に人物取材する現役のライターである。2019年本屋大賞ノンフィクション部門にノミネートされた「東京貧困女子。」(僕は未読)で一躍有名になったライターさんでもある。
さて、そんな著者が満を持してそのインタビュー術を惜しげもなく紹介しているのが本書となるわけだが、タイトルにある「悪魔の傾聴」とは、「相手に最大限の自己開示をさせ、本音を引き出しまくる聞き方術」と定義される。
すなわち、「悪魔の傾聴」の目的は「相手から本音を聞き出す」ことであり、円滑な人間関係構築術や生活の中でのコミュニケーション術とは少し違う。
著者自身も「人間関係に変化が起こる危険なスキルなので、筆者は、すでに良好な人間関係がある友人知人を相手に、悪魔の傾聴を使うことは封印している」と述べている。
「しかし、そうした副作用を踏まえても、相手の本音を知れることはメリットが大きいのです」と続けてはいるものの、一通り読んだ僕の感想としては「トラブルのない人間関係を作りたいなら、使わない方がいいスキル」だと感じた。
あまりにも本音を聞きすぎた相手と、その後どういう関係になるのかは全くわからない。トラブル無く生活するのであれば、他人から必要以上に本音なんか引き出さない方がいいだろう。
と、考えているものの、知ってしまったからには使ってみたくなる傾聴術。まさに、「悪魔の傾聴」とはよく言ったものである。
〜究極の「聞き上手」になる〜
著者は、まず人と会話するあらゆる場面で絶対にやってはいけないこととして以下の3つを挙げている。
・否定する
・比較する
・自分の話をする
これらは本書の最重要項目として紹介されている。
著者のような取材やインタビューを生業としていなくても、日常会話においてこれらがやってはいけないことだというのは至極納得できる。
自分の話を否定されたり、他のものと比べられたりすると嫌な気持ちになるし、自分の話ばかりする人とは進んで会話する気にならない。
そして、その3つを軸に本書は進んでいくのだが、読みながら、なんとなく自分の普段のコミュニケーションのやり方を思い返して、反省することが多々あった。
本書を読み終えた僕は、「悪魔の傾聴」とは、すなわち「究極の聞き上手」になることなんだと考えるようになった。
さすがに日常会話の中でそのまま使えないものもあるが、聞き上手になるためのヒントは多く散りばめられている。
悪魔の技術を、いかに自分の生活の範疇にうまく落とし込めるか、が本書をうまく活用するコツだと思う。
〜自分の生活にうまく落とし込めそうなものを選んで使う〜
さて、全体を通して、やはりこれは取材やインタビューを生業とする人向けの本だ、と感じるのだが、前述したように、うまく自分の生活に落とし込めば実践できるものはいくつかある。
その中で僕が気になったものを二つほど紹介したい。
まずひとつ目は、ネガティブなキーワードをあえて見逃さない、というものだ。
取材やインタビューの場面では、例えば「自殺」や「精神障害」や「虐待」などの言葉を聞けばそこから突破口を見つけ出し、さらに相手から話を引き出すチャンスとなるかもしれないが、日常会話の中でそんな言葉が出てきた場合はその話をすることに抵抗を覚えて、聞かなかったことにするか、なんとなく相槌を打ちながら話題を変えて誤魔化すだろう。
しかし、相手から「信頼を得たい」と考えているのなら、そのキーワードから質問するべきなのである。
そもそも、人間は自分の話を聞いてもらいたい生き物である。相手が自ら語ったキーワードに対して質問して返答がない、返答を躊躇してする、拒絶される、ということは100%ない状況なのである。
もし、本当に相手のことを知りたいと思うのであれば、聞き手である自分が狼狽してはいけないのである。
二つ目は、話を聞くのに適した場所は、自宅、自宅近くの店、最寄駅周辺の店、相手が思い入れのある繁華街の店、故郷の近くが良いというもの。
これはたしかになるほどと思った。
仕事の時(オン)と普段の生活の時(オフ)は誰にでもあるものだが、自分が何か話しやすい場所と考えると、オフに近い場所の方が喋りやすいだろう。
逆に、上司から「悩みがあるならなんでも聞くぞ」と言われながら、上司の行きつけの店なんかに行くと、オンから抜けきれず、オフの状態で話をしにくいのは想像に難くない。
じゃあ、例えば真剣に誰かの悩みを聞いたり相談に乗るのであれば、なるべく相手のオフに近い場所が好ましいのだろう。
かといって、いきなり自宅というのは無理だろうから、自宅近くの店や相手の行きつけの店なんかを相手に選んでもらうのがいいのだろう。
これはかなり使えるなぁと思った。
というわけで、普通のサラリーマンが読むにはなかなかハードルが高く、違う次元の話だなと感じてしまうかもしれないのだが、それでも、日常のコミュニケーションにおけるヒントはいくつも散りばめられている良書であった。