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ショートショート「真実ハッキング作戦」
片瀬は暗い部屋でスマホを握りしめたまま、息を潜めていた。
「お前の記憶だけは、改変できない」
電話の男の言葉が、頭の中で繰り返される。USBは消され、証拠も改変された。しかし、自分の記憶にはまだ真実が残っている——それが唯一の突破口だった。
すると、スマホが再び震えた。送信者不明のメッセージが表示される。
「脱出準備完了。北へ向かえ。10分後に迎えが来る」
片瀬は迷っている暇はなかった。テレビでは**「行方不明のジャーナリスト」**として自分の顔写真が流れ始めていた。今や、存在そのものが消されようとしている。
外へ出ると、黒塗りの電気SUVが音もなく停まっていた。助手席の窓が開き、サングラスをかけた男が片瀬を見た。
「乗れ」
片瀬はためらいながらも車に滑り込む。車が走り出すと、男はサングラスを外し、振り返った。
「はじめまして。イーロン・マスクだ」
「……は?」
「君をサポートする。CIO、いや、今や彼らは**「NEXUS」**と名乗っている。連中の”現実改変技術”を止めるのが俺たちの仕事だ」
片瀬は呆然としながら、周囲を見回した。後部座席には数人の若者——どこかのエリートハッカー集団らしき面々がラップトップを叩いていた。
「俺たちは”オメガリンク”。NEXUSの量子ハッキング技術に対抗する、最後の砦だ」
「……オメガリンク?」
「奴らが”事実”を消せるなら、俺たちは”記憶”を拡散する」
イーロンはニヤリと笑い、助手席のモニターを指差した。そこには、片瀬が持っていたはずのUSBのデータが復元され、全世界の分散型ブロックチェーンネットワークにアップロードされていく様子が映し出されていた。
「USBは消された。でも、お前の記憶がまだあったおかげで、バックアップを取ることができた」
「どうやって……?」
「お前が”思い出す”たびに、微弱な脳波が記録されていたんだよ。NEXUSは事実を消せても、人間の脳を完全には書き換えられない。 だから、お前の脳波からデータを復元した」
片瀬は震えた。
「これを……世界中に拡散するのか?」
イーロンは静かに頷いた。
「NEXUSが改変できるのは、“中央集権的な情報”だけだ。しかし、俺たちが使うのは、どんな検閲も通さない”分散型ネットワーク”。このデータが全世界に広まれば、もう誰も”消す”ことはできない」
片瀬はスクリーンを見つめた。今、確かに世界のどこかで、彼の記憶が”真実”として書き換えられようとしている。
イーロンはハンドルを握りながら言った。
「さあ、次の手を打とうか。……奴らが本気を出す前に」
黒いSUVは、夜の高速道路を疾走していった——。
(了)