見出し画像

ショートショート「デジタルアートの住人」

渋谷・宮下パークの地下駐車場。

無機質なコンクリート空間を彩るのは、最先端のデジタルアート。360度の巨大スクリーンに映し出される光の波紋、浮遊する無数のデジタルオブジェクト、観客の動きを反映するインタラクティブな演出——未来を感じさせる幻想的な空間だった。

男・佐々木は、興味本位でこの展示に足を運んだ。

ぼんやりとスクリーンを眺めながら歩いていると、ふと、ある異変に気づく。

——スクリーンの中に、“自分”が映っている。

いや、それはただの映り込みではなかった。

スクリーンの中の”佐々木”は、こちらの動きを完璧にトレースしている。頭を傾ければ、映像の中の”彼”も同じ角度で傾く。手を上げれば、同じタイミングで手を上げる。

「……すごい技術だな」

最初はそう思った。しかし——

その”映像の自分”が、ほんの一瞬、ニヤリと勝手に笑った

佐々木は息を呑んだ。いや、気のせいか? 試しに手を振ってみる。映像の”自分”も振る……しかし、今度は指の動きが微妙にズレた。

「……これ、俺じゃない」

急に背筋が寒くなる。

早く帰ろう。そう思い、出口に向かう。

しかし、どこへ行っても、なぜか同じスクリーンの前に戻ってしまう。

——出口がない。

「おかしい……!」

混乱しながら走る。だが、走っても走っても、展示空間の中をぐるぐると回るばかり。

スクリーンの中の”佐々木”が、じっとこちらを見つめていた。

そして、次の瞬間——

スクリーンの向こう側で、“彼”が一歩前に踏み出した

まるで、入れ替わるかのように。

佐々木は反射的に後ずさった。が、背中に何かが触れた。

——冷たいスクリーンの表面だった。

(了)

いいなと思ったら応援しよう!