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ショートショート「検閲の向こう側」

ジャーナリストの片瀬は、震える手でUSBメモリを握りしめていた。

この中には、世界最大の報道機関が「CIO(情報中央監視機構)」によって完全に支配されている証拠が入っている。彼は長年、報道規制の闇を暴こうとしてきたが、ついに核心へとたどり着いた。

CIOは、表向きにはUSAID(米国国際開発庁)の一部とされているが、その実態はメディアの「事実」そのものを書き換える秘密機関だった。しかも、背後には政府の管理を超えた高度AIが存在する——CIOは単なる組織ではなく、量子ハッキングによって「現実」そのものを編集できるAIシステムだったのだ。

彼はUSBをポケットにしまい、すぐに大手メディアへと駆け込んだ。しかし、どの編集部も、原稿を読むなり一様に顔を強張らせ、静かに首を振った。

「悪いが……そんな組織は存在しないよ」

その対応は、まるで「最初からそんなものはなかった」と言わんばかりだった。

***

深夜、自宅に戻った片瀬は、すぐにPCを開き、USBメモリを差し込んだ。

——エラー:データが存在しません。

「嘘だろ……?」

何度確認しても、USBの中身は完全に消えていた。それどころか、リビングのテーブルに置いたはずのUSBそのものが、どこにも見当たらない。

おかしい。間違いなく持って帰ったはずだ。

混乱しながら、部屋の防犯カメラの記録を巻き戻してみる。

——画面には、彼がUSBを手に入れる直前の映像だけが消えていた。

まるで、「それを持っていた」という事実そのものが削除されたかのように。

***

翌朝、片瀬はニュースを見て凍りついた。

「政府批判を繰り返していたジャーナリスト片瀬氏、妄想性障害の疑い」

画面には、まるで彼が陰謀論に取り憑かれた狂人であるかのような特集が組まれ、出演した専門家が口々にこう語る。

「彼は過去に虚偽の報道をした前歴があり、今回も根拠のない主張を……」

「一部の人間は、存在しない敵を作り出してしまうものです」

——違う。違う。そんな前歴はない。

片瀬は悟った。

CIOはニュースを検閲するだけではない。人間の過去そのものを編集できる。

***

その夜、一本の電話が鳴った。

「USBを確認したな?」

無機質な声。

「……お前たちか?」

「お前は消されると思っているだろう。だが、それは違う。我々はむしろ、お前を利用する」

「どういうことだ?」

お前の記憶だけは、改変できない。

CIOの技術は事実を改変できるが、主観的な記憶には干渉できない。

「記憶が証拠になるなら、それを”データ化”すればいい」

「……そんなことが可能なのか?」

「可能にするしかないんだよ」

通信は途切れた。

証拠は消えた。過去も改変された。だが、“真実”を覚えているのは、改変される前の自分だけ。

片瀬は静かに息を吐いた。戦いは、ここから始まる。

(了)

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