【短編小説】マッチ売りの障女 前編
あらすじ
時は昭和か平成か。夜の駅前に少女の声が聞こえてくる。終電を逃すまいとする男に少女が尋ねた。「マッチはいりませんか?」
30代後半であろうサラリーマン風の男は、左腕につけた時計をおもむろに確認した。時刻は夜の11時25分。終電を逃すまいと足早に進むお仲間達に倣(なら)い、男も駆け足で駅に向かった。その時――
「マッチはいりませんか?」
あどけない少女の声が聞こえた。
こんな時間に? とでも言いたげな表情で、男は声のした方へと振り向いた。
視線の先には、どう見ても10代前半の少女。
少女は微笑みを浮かべたまま、訝しむ男を真っ直ぐに見上げた。
「マッチはいりませんか?」
少女が言う。
なるほど確かに、片腕にマッチの入ったカゴをさげている。
「……」
困惑したような表情で男は少女を見つめた。
「マッチはいりませんか?」
少女が再度繰り返す。
男は不愉快そうに顔をしかめた。
「いらん」
言葉少なに吐き捨てると、男は少女に背を向けた。しかし――
「マッチはいりませんか?」
繰り返される台詞に、さすがにイラ立ちが勝ったのか、男は少女に振り返り声を荒げた。
「いらねえって言ってるだろ! いい加減にしろ! っは、このご時世にマッチだと?」
そう言って、胸ポケットからライターを取り出し
「いいか? こういうものがあるんだよ、知らなかったか? マッチなんざ時代遅れなんだよ」
男は胸ポケットから煙草を取り出し、これ見よがしに火をつけてみせた。そうして思い切り煙を吸い込むと、少女の顔に吐き出した。
勝ち誇ったように薄ら笑いを浮かべる男に、少女は
「マッチはいりませんか?」
尚も繰り返す。
「……人の話聞いてたのか……?」
「マッチはいりませんか?」
抑揚も無く同じ台詞を機械的に繰り返す少女に、男はいよいよ気味が悪くなってきた。
「い、いい加減に――」
と言いかけて、男は硬直した。
少女が、持っていたマッチ箱を少しずらし、隠していた避妊具を見せてきたのだ。
「……マッチはいりませんか?」
ニコリと微笑む少女。
「……」
男はゴクリと唾を飲みこむと、辺りを見回し、なんでもないようにして少女の肩に手を回した。
数日後、各地の掲示板や電信柱にとある紙が貼られた。
――『行方知レズ。情報求ム!』――
張り紙には行方不明者の特徴と、連絡が途絶えた日付、そして顔写真が大きく掲載されていた。
写真の人物は、あの日少女と共に雑踏の中に消えていった男その人だった。
後編へ続く