【1-②】名もなき魔法が世界をかえる
おやゆび姫と名乗る小さな少女と共に、王子とカラバは近くの原っぱに腰を落ち着けた。
「ウッソ~、こんなのが王子なの!?」
「『こんなの』とは何じゃい! うやうやしく王子様と呼ばんかい!」
「お、王子様(笑)!? カ、カエルの癖に王子様とか、超ウケるんですけど(爆)!」
おやゆび姫は腹を抱えて爆笑した。そりゃもうゲラゲラと。
「……」
「でも、王子は本当に『王子様』なんだよ?」
と、カラバが諌める。
「ほら、何日か前にあったでしょ? 緑の光。それを浴びたせいで王子はカエルの姿になっちゃって――」
「で、性格もこんなになっちゃって?」
おやゆび姫は王子に憐みの眼差しを向けた。
「元からじゃ! 失敬だぞ貴様!」
王子はプンスカ怒って地団太を踏んだ。
「信じらんないわよ! 王子がそんな俗な喋り方するもんですか!」
「ぞ、く、で悪かったな! 好きでこういう喋り方なんだよオレは! 文句あっか、おやゆび娘!!」
「おやゆび娘!? おやゆび『姫』よ、『姫』!!」
「てめえのどこらへんに姫要素があるってんだよ! このじゃじゃ馬が!」
「馬じゃないわよ! おやゆび姫っつってんでしょ!! どこに耳付けてんのよ!!」
「ツンツルテンだから分っかりましぇ~ん☆」
「~~~~」
茶化すように言うカエルの両頬を、おやゆび姫は力の限り引っ張った。
「いれれれ! らりふんら(何すんだ)!!」
「あっはは! 何言ってんのか分っかりましぇ~ん――うぇ!!?」
「いっほふのおういとひっへのろうえきか(一国の王子と知っての狼藉か)!」
「おんらろほにらにふんのお(女の子に何すんのよ)!」
頬を引っ張り合う二人を見て、カラバはニッコリと微笑んだ。
「すっかり打ち解けてる」
ダメだこりゃ。
「そういえば、おやゆび姫の旅の理由は?」
カラバに尋ねられると、おやゆび姫は王子の股間を蹴り上げ、頬の引っ張り合いから戦線離脱した。そして王子は悶絶した。
「姫もあの緑の光を浴びて、その姿になったの?」
「違うわよ。私は元からミニマムサイズ。花から生まれたからね。妖精なのよ、きっと」
「願望じゃねえか」
股間の痛みに耐えながら、王子がボソッと突っ込む。
「おだまり」
「!!」
今度は手をチョキの形にして、姫は王子の両目を潰した。タマを潰されるのも時間の問題だ。
「ここに来るまで長かったわ。実家を飛び出して早数年。小さな歩幅でコツコツと、山あり谷あり大波ありでようやくアンデルセンまで着いたのよ」
「長い旅してきたんだね」
「そう。それもこれも妖精の国へ行くため……! そして――故郷であろう妖精の国へ行って、超絶イケメンの王子様と結婚するためよ!」
「……」
「……」
曇りなき眼で高らかに宣言する姫に、王子とカラバはフリーズした。
「考えてもみなさいよ、このサイズの私が人間なんかと結婚できると思う? ッハン、無理に決まってる。でも、だからと言って虫やモグラなんて絶対イヤ。あいつらに私なんてもったいないじゃない。そうでしょ? 所詮は石ころと宝石。いいえ、汚泥とダイヤモンドなのよ!」
自信満々である。
「も、ち、ろ、ん! カエルなんて論外中の論外!」
「……」
「そう、私に相応しいのは身長18センチ前後の高貴なお方なのよ。清く、気高く、っ超~イケメンのね!」
希望に胸を膨らませるおやゆび姫を、カエルとネコは冷ややかな目で見つめていた。
「ひくわ~。っつーか、ホントにいんのか? 妖精って」
「さあ」
カラバはボリボリと尻を掻いた。
※
おやゆび姫を仲間に加え、王子とカラバは旅を進める。
「――私の歩幅じゃ一日に稼げる距離なんてたかが知れてるでしょ? そこに、アンタたちが通りかかったってわけ。光栄に思いなさいよ? 本来ならアンタらみたいな珍獣に声なんてかけないんだから」
カラバの狭い肩に座り、姫は講釈を垂れた。
王子は呆れて
「はいはい」
適当な返答。
「あ、見て町よ!」
姫がはしゃいで指を差す。坂の下には、数えきれないほどの屋根と人……そして獣人。
当然ではあるが、緑の光を浴びたのは王子だけではない。世界規模の現象と思われる光は城下町にも降り注いでおり、ひいてはこの世界中の人達の姿、ないしは現状を変えてしまっているのだけれども、今はそんな事全く関係ないので、
「うわぁ~!!」
カラバが感嘆の声をあげる。
「すごいや! お家がたくさんある! 人もいっぱい!」
「当たり前だろ」
と、自慢気な表情の王子。
「で、宿屋は?」
「宿屋!?」
姫の言葉に王子は表情を変え
「てめえ、まさか俺たちの旅費で『ふっくらベッドでぐっすり❤』なんて考えてねえだろうな!?」
「なによ! 一国の王子の癖にケチ臭いわね!」
「図々しいにも程があるぞ小娘!!」
「アンデルセンの王子なんでしょ!? い~じゃない、ちょっとくらい! 国民からたんまり税金せしめてるんでしょ!?」
「大事な国費をなんだと思ってんだ!!」
「そーんな事言って、こっそりちょろまかしてんじゃないの~?」
「い、言わせておけばこの小娘……! ギロチン送りにされてえか!?」
「あ~ら、あたくしに合う断頭台があって?」
「ちょっと二人とも……」
カラバが止めに入るが、
「特注で作らせたるわ、ボケ!!」
「それも国費で作らせるつもり?」
「なめんな! お年玉で事足りるわ!」
売り言葉に買い言葉。ケンカが収まる気配も無い。
耳元でギャンギャン騒がれるカラバは
「~~~~うるっさーいっ!!」
たまりかねて絶叫した。
つづく