非公表裁決/相続後に高額で譲渡された非上場株式について評価通達により評価すべきでない「特別な事情」が認められるか?
非上場株式に対する総則6項の適用が争われた事案の裁決です。今年の4月頃にニュースPRO等でも紹介されていた事案ですね。
非上場株式について総則6項が適用されることはそれほど珍しいことではなくて、過去には裁判例も沢山ありますし、最近でも、HOYAの創業家の件や、キーエンス創業家の件や、旧トステムの創業家の件などが報道されていたりします。
ただ、この裁決の事案は、租税回避的な要素が一切ないという点と、原処分庁が民間の評価機関による評価額を「時価」として処分した点で、これまでの事案とは少し趣きを異にしています。
事案を簡略化すると、被相続人が第三者との間で非上場株式の譲渡に関する基本合意を締結後に死亡したことから、相続人が基本合意を引き継いで当該株式を譲渡したところ、その譲渡価格(=基本合意価格)が評価通達による評価額と大きく乖離していたことから、原処分庁が民間の評価機関に鑑定評価を依頼し、その評価額を当該株式の時価であるとして更正処分をしたということです。
因みに、裁決書ではマスキングされてしまっていて分からないのですが、ニュースPROによると、譲渡価格(=基本合意価格)は105,068円、評価通達による評価額は8,186円、民間の評価機関による評価額は80,373円であったそうです。評価通達による評価額と譲渡価格には10倍以上の乖離があったということになりますね。
請求人は、評価機関による評価額に合理性がないなどと主張して争ったのですが、審判所は、以下のように、評価通達の定める評価方法以外の評価方法によって評価すべき「特別な事情」があるから総則6項の適用は適法であると判断しました。
ロ 検討
(イ) 本件相続株式通達評価額は、上記1の(4)のイのとおり、評価通達の定める評価方法による評価額の■■■■■■■■■■■■■■■■である。
その一方、本件算定報告額は、■■■■■■による本件相続株式の算定額の■■■■■■■■■■■■■■■■である。
また、本件相続開始日の■■■■■である■■■■■■■■に、本件相続株式を含む■■■■の株式60,000株が譲渡された本件株式譲渡契約における価格(本件株式譲渡価格)は、■■■■■■■■■■■■■■■■■■であり、本件相続開始日の■■■■の■■■■■■■■■■に締結された本件基本合意における価格(本件基本合意価格)も同額であった。
このとおり、1株当たりの価額で比較すると、本件相続株式通達評価額は、本件算定報告額の約■■にとどまり、また、本件株式譲渡価格及び本件基本合意価格の約■■にとどまり、本件株式譲渡価格及び本件基本合意価格が本件相続株式通達評価額からかい離する程度は、本件算定報告額よりも更に大きいものであった。
(ロ) これらに加えて、本件株式譲渡契約及び本件基本合意について、市場価格と比較して特別に高額又は低額な価額で合意が行われた旨をうかがわせる事情等は見当たらない。
(ハ)また、本件算定報告の算定方法についてみると、■■■■は、清算を予定しておらず、継続企業であるところ、インカム・アプローチは、評価対象会社から将来期待することができる経済的利益を当該利益の変動リスク等を反映した割引率により現在価値に割り引き、株主等価値を算定する方式であり、その代表的手法がDCF法であるから、本件算定報告が株主価値の算定方法としてDCF法を採用したことは相当である。
さらに、本件算定報告が、マーケット・アプローチとしての株価倍率法及び取引事例法による分析において、それぞれ、業界、事業内容、事業規模、収益性などを基準として企業及び取引事例を抽出したことに不適切な点はなく、当該算定方法を用いることは相当である。
そして、上記のDCF法、株価倍率法及び取引事例法のいずれの算定過程にも不合理な点はない上、幅をもって算出されたそれぞれの評価結果の重複等を考慮しつつ、本件算定報告額をもって本件相続株式の価額と結論付けたことも相当である。
これらのことからすると、本件算定報告は、適正に行われたものであり合理性が認められる。
(ニ) 以上のとおり、本件相続株式通達評価額は、本件算定報告額並びに本件株式譲渡価格及び本件基本合意価格と著しくかい離しており、本件相続開始時における本件相続株式の客観的な交換価値を示しているものとみることはできず、本件相続開始時における本件相続株式の客観的な交換価値を算定するにつき、評価通達の定める評価方法が合理性を有するものとみることはできない。
そうすると、本件相続における本件相続株式については、評価通達の定める評価方法を形式的に全ての納税者に係る全ての財産の価額の評価において用いるという形式的な平等を貫くと、かえって租税負担の実質的な公平を著しく害することが明らかというべきであり、評価通達の定める評価方法以外の評価方法によって評価すべき特別な事情がある。
そして、本件株式譲渡価格及び本件基本合意価格をもって、主観的事情を捨象した客観的な取引価格ということはできないのに対し、本件算定報告は、上記(ハ)のとおり、適正に行われたものであり合理性があることから、本件相続株式の相続税法第22条に規定する時価は、本件算定報告額であると認められる。
したがって、評価通達6の適用は適法である。
ハ 請求人の主張について
(イ) 請求人は、本件算定報告について、評価対象とすべきは請求人が本件相続により取得した5,350株であるから、本件相続株式を評価対象としたことに根本的な誤りがある旨主張する。
しかしながら、請求人の当該取得株式は、本件相続株式の一部を構成するものであるから、請求人の当該取得株式の評価方法として、本件相続株式を対象として評価を行い、その評価額に、本件相続株式の数に対する請求人の当該取得株式の数の割合を乗じることが誤りとはいえない。したがって、請求人の主張は採用できない。
(ロ) 請求人は、原処分庁が木件基本合意書及び本件株式譲渡契約の契約書を■■■■■■■に提出したことにより、本件算定報告において、不当に高額な評価が行われたから、本件算定報告額に合理性がない旨主張する。
しかしながら、株式の価額の算定に当たり、当該株式の取引事例に係る資料を用いることは適切であり、また、上記ロの(ハ)のとおり、本件算定報告において不当に高額な評価が行われたことはないから、請求人の主張には理由がない。
(ハ)請求人は、本件算定報告は、株式価値の算定に不可欠な資料及び通常実施すべき手続を欠いた状況で行われているから、本件算定報告額に合理性がない旨主張する。
しかしながら、本件算定報告は、上記ロの(ハ)のとおり、適正に行われたものと認められるから、請求人の主張する上記の事情をもってしても、直ちに用いられた資料、実施された手続に不相当な点があったとまでは認められないから、請求人の主張には理由がない。
(ニ) 請求人は、本件算定報告で選定されたガイドラインカンパニーは、■■■■と同種同規模の企業とはいえないから、本件算定報告額に合理性がない旨主張する。
しかしながら、本件算定報告におけるガイドラインカンパニーの選定は、業界、事業内容、事業規模といった判断要素を基準に行っており、かかる選定方法は相当と認められるから、請求人の主張は採用できない。
(ホ) 請求人は、本件算定報告では、マイノリテイディスカウント及び非流動性ディスカウントがされていないから、本件算定報告額に合理性がない旨主張する。
しかしながら、本件算定報告でマイノリテイディスカウント及び非流動性ディスカウントを考慮しない理由は、別紙の4のとおりであるところ、株主の議決権や経営支配権について、本件算定報告で採られた考え方にも合理性はあるといえるから、請求人の主張は採用できない。
≪以下略≫
うーん、結論の是非は兎も角として、重要性が高い事案であるはずなのに判断が薄い気がしますね。それなりに長々と書いてはいますが、結論ありきであまり中身がないように思います。
不動産と違って、市場がある訳でもなければ、評価手法が確立されている訳でもない非上場株式について、課税庁の依頼による鑑定評価で課税する訳ですから、「第三者的機関」である審判所としては、その合理性については厳しく検討すべきではないかと思うのですが、この裁決からそういう姿勢はあまり感じられません。
因みに、肝心の評価機関による評価額の合理性については、算定過程が記載されているはずの報告書の要旨が全てマスキングされてしまっていますので、何とも言えないのですが、流動性ディスカウントを一切していないようであるのは違和感があります。
DCF法で流動性ディスカウントをすべきかどうかについては議論があるところであるとしても、株価倍率法では流動性ディスカウントをすべきだったのではないかと思います。支配権を有しているから又は現実に売却できているから流動性ディスカウントは不要という判断かもしれませんが、そこは保守的に評価をすべきところではないかなと。
あと、裁決で気になったのは、原処分庁とは違って相続前に基本合意まで締結されていたことをあまり重視していないように思える点です。
というのも、原処分庁は、「本件基本合意価格は、当事者間双方が検討した上で相当の根拠をもって合意した金額であり・・・金額を変更する場合が極めて限定されていたのであるから、本件基本合意の事実は、当事者間でかなり重みのある事実といえ、のれん等の無形資産の価値を含む■■■■の価値が顕在化したと認めることができる。」という主張していたのに対して、裁決では、そのような判断がされていないからです。裁決でも、相続前の基本合意価格と相続後の譲渡価格が同額であったことは指摘されているのですが、相続前の基本合意を重視している訳ではないように思えます。
相続前に交渉が進んでいないのに相続後すぐに第三者に非上場株式を譲渡することができるということもないのでしょうから、それほど違いはないかもしれませんが、原処分庁の主張の方が「特別な事情」が認められる場合は限定されるような印象は受けます。
いずれにせよ、この裁決は、少しレアなケースに関するものですので、少し前に話題になった相続前に購入した不動産に対して総則6項を適用した事案の裁判例等とは違って、実務への影響も限定的なのではないかと思いますが、総則6項については、課税庁が徐々に適用範囲(という言い方がいいのか分かりませんが。)を拡げようとしているように思えますので、同じような事案でないから大丈夫ですよねとは言えないところが怖いところです。
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