第8話 ウチら「卓球レディース」夜露死苦!
「会場近くの旨い店」の取材がまさかの1軒で終わってしまった起業錯覚家・西村。卓球レディースのデザインコンセプトを設定し、できるところから制作を始めようとしたのだが……。
今の若い子は漢字を知りません。スマホの変換機能に頼り過ぎなんですよ。私の学生時分は、猫よりも杓子、優等生よりも不良の方が漢字を知っていた。「夜露死苦」「愛羅武勇」「唯我独尊」等々。国語のテスト中、漢字をド忘れしてもがいていたところ、前の席に座る方の背中の刺繍を見て答えを思い出したこともありました。あの時は棚ぼたの2点ゴチになりましたっ。南無暴走天使。
こんなことを書くと今の若い子には良い印象を持たれないのかもしれませんね。ヤンキーに憧れを抱くのは青春の通過点。10・20代の皆さん、そんな時代があったことを、そして100年後の歴史の教科書に載っていることを、今ここでお教えしましょう。
「スケバン刑事」の爆発的な人気とともにヤンキー文化が安定した80年代後半。そう、今を生きる中年世代が学生の頃は、青春にヤンキーのエッセンスが大匙3杯ほど必要だったのです。紡木たく大先生の「ホットロード」、フロンガスによるトサカ前髪の形成、憧れの先輩の制服の裏ボタン。この三つが揃わないと女学生としての体を成さない。過言ではありません。
そんなヤンキー文化全盛の時代を知っている私ですから「卓球レディース」のコンセプトも簡単に思いつきました。頭の中で(卓球)のレディースと(暴走族)のレディースがガッチャンコしたのです。「卓球のレディースも暴走族のレディースも勝負に命をかける魂は同じ。だから、卓球レディースのデザインコンセプトは“ヤンキー”にしよう」そもそも当サイトのミッドターゲットは40代。私と同じ時代に青春を過ごしているのだからこのコンセプトは刺さって当たりまえ。迷いは必要ありません。サイトのイメージカラーは黒×紫。フォントは相撲体。千社札をところどころにあしらう。テキストもヤンキー口調で。スマッシュは「ワンパン」。ラリーは「殴り合い」。トップ画像は竹刀を持ったセーラー服姿の卓球選手。考え出したらロマンティックが止まりません。
私は息が燃えるような勢いで原稿を書き始めました。メディア公開が迫っている今、取材が順調に進まない今、自分にできることは原稿を書き溜めることでもあったからです。私は書ける部分からどんどん仕上げていきました。背徳の気分で、レディース気取りで、ツッパリ少女役でデビューしたミポリンになったつもりで!!!
「正解にたどり着けるのは何100年先? 卓球女子の前髪問題」。オールヤンキー口調のコンテンツが一瞬で完成しました。このコンテンツを最初に見てほしいのは起業塾の担当の先生と同期の方々。みなさん、ウェブメディアの進行状況を心配してくださっている。「安心してください。皆さんのおかげで制作は順調です」。感謝の気持ちを伝えたい思いで、私はこのコンテンツをワークショップで披露しました。
すると……。
先生「西村さんって学生時代ヤンキーだったんですか?」
西村「違います。ヒロシやトオルに憧れていただけです」
先生「だったら、無理ありませんか?」
西村「えっ……?」
先生「西村さん、このキャラ演じ続けられます?」
西村・同期「……」
先生も同期もお見通しですよ。私が学生時代、ヤンキーにはまったく寄っていない壁の花であったことを。中学時代は校則に縛られることもなく自らの意志でon the 眉毛の前髪を貫き、フロンガスをおしゃれ利用しなかった地球に無害のエコ少女。紡木たくの「ホットロード」が友達から回ってきたのは話題が去った後。そんな人間がヤンキー調の卓球メディアを作っても読者に見透かされる。One of theレディースじゃない女が元ヤンの仮面をかぶってもすぐにバレるってもんですよ。
私はワークショップのあと、肩を落としながらラフに描いたセーラー服姿の卓球選手の絵をそっとお蔵入りにしました。そして、キーボードのDeleteボタンがバカになるくらい押しまくってテキストも書き直しました。だけど、なんだか文章がしっくりこない。ヤンキー口調の語尾だけ変えても違和感が残る。私は一から書き直すことに決めました。3月11日のことです。WEBメディアを4月に公開するって言ってるのに、遠回りばっかりで一向に進まない。「ウサギとカメ」に例えるなら私は第三の登場人物。足は速いけど余裕ぶっこいてしまったウサギ、ノロマだけど地道に歩を進めたカメ、そして道に迷って小山のふもとにたどり着けない霊長類・西村。涙涙涙涙涙。
一ヵ月後の未来の自分に会えるなら聞きたい。ウェブメディアは完成しているのかと。みんなの前で宣言したからできていなかったら恥ずかしいぞと。耳を澄ますと現在の自分から返事がきました。
「誰も期待してないから」
DA・YO・NE
WEB公開まで35日
つづく