見出し画像

マッチより涙を売れば稼げるよ

「マッチは、マッチはいりませんかー?」
 クリスマスも終わり、今年もう過ぎようとしている頃。街は浮き足だった雰囲気に包まれていた。
「マッチは、マッチはいりませんかー?」
 少女の声は、虚しく寒空に吸い込まれていく。いつもよりも豪華な食材を買い込んだり、欲しかったおもちゃやゲームを手に入れることができるこの季節に、マッチに目をくれる者など、誰一人としていない。
 少女は寒さと辛さと寂しさに耐えかねて、売り物用のマッチを一本擦る。ぽわっと小さく火が燃えて、あたたかく輝き出す。
 しかし、マッチの火はすぐに消えてしまう。少女も、こんなものでは暖を取り続けることができないと分かっていた。
 ぶるぶると身を震わせる少女。だんだんと通りの人気も少なくなってきた。みんな家に帰るのだろう…
 立ち上がり、帰ろうとしたとき、少女はひとりの老婆に声をかけられた。
「マッチより、もっといい売り物があるよ」
「え?」
 見知らぬ老婆に警戒心を覚えたが、少女は「いい売り物」の話に興味をそそられた。
「あんたの生い立ちを聞かせてくれないか?」

 少女は自分の産まれた場所や家族のこと、年齢、今どこに住んでいるか、どうして、こんなことになってしまったのか、自らの半生を洗いざらいすべて話した。
「ほうほう、本当に不憫な子だ…お前の両親は幼い頃に病気で亡くなり、頼るべき親類も無く、細々とマッチを売りながら、生計を立てているというわけかい…しかも齢はまだ10ときたもんだ」
 少女は目に涙を浮かべた。泣き出すつもりなどなかったが、改めて自分の人生を振り返ったときに、あまりにも切なく、辛いと思ってしまったのだ。
「いいかい、これからは簡単に泣くんじゃないよ。お前は自分を『不幸の子』だと思っているが、それは違う。お前は『不幸に恵まれた子』だ。ただの不幸者じゃないよ。いわば、不幸に選ばれたのさ」
 少女は訳も分からず、嗚咽交じりに声をあげて泣き続けた。『不幸に恵まれた子』って何? 『ただの不幸者じゃない』って何よ? 他の子どもたちは家族みんなで、薪をいっぱいくべた暖かい家の中で、美味しいごちそうを食べて過ごしているっていうのに…
「どうしたらいいの、わたしは?」
 老婆はにやりと笑みを浮かべて、少女の涙をぬぐった。
「あたしに話したように、自分の人生を話すんだ。この通りでも、あっちの通りでもいい。あたしに話したように、話し続けるんだ。そして、辛くなったら泣くんだよ…いいかい、決して簡単に、すぐ泣いちゃいけないよ。そして嘘泣きも絶対だめだ。今のお前みたいに、どうしても、耐えられなくなったときだけに泣くんだ」
「でも、泣いちゃってしゃべれなくなっちゃたらどうするの?」
「いいんだよ、無理にしゃべらなくて」
 少女は呼吸を整え、老婆に話し続ける。
「でも、わたしのこんな話を聞いてくれる人なんているのかな? マッチを売ってたって、みんなわたしのことを無視するし」
 老婆は大きく、ゆっくりとうなづく。
「お前はいつもこの通りでマッチを売っているのかい?」
 少女は「うん」と答える。
「毎日やってるよ」
 老婆は驚いたように声を上げた。
「毎日! 大した精神力だね…よし、それなら、お前は明日からマッチを持たずに、この通りにいつもと同じ時間に来なさい。そして、わたしにした話を続けるんだ」
「話って…誰に話すのよ。マッチも無いんじゃ、余計に無視されるに決まってるよ」
 少女は再びふさぎこんでしまった。
「はっはっは。大丈夫だよ…あたしの言うとおりにしてりゃ、絶対に大丈夫だ。いいかい、最初は無視されても、根気よく続けるんだよ」
 老婆は息をつきながら言った。
「はっはっは。大丈夫だよ…あんたならきっと大丈夫だ」
 老婆は少女の頭に手をぽんと置いた後、ゆっくりとした足取りで、街の方へ歩いて行った。少女は半信半疑ながら、今のままでは何も変わらないと思い、明日、同じ時間にいつもの通りに、マッチを持たず出かけることにした。

 通りは、昨日以上の賑わいを見せていた。たくさんのプレゼントを買い込む家族、楽しそうにレストランで食事をしている若い男女。酒場では、大声で大人たちが騒ぎ合っている。
少女は不安でいっぱいだった。自分のことなど、みんな絶対見てくれやしない。1日に2~3箱くらいは売れるマッチも、今日は持ってきていない。
いつもの時間を迎え、少女は、通りのお馴染みの場所に立つ。
街行く人は皆、少女の前を何事もなかったかのように過ぎていく。この街では何気ない、日常の光景だ。自分の存在がだんだんとかすんでいくようだった…
「今のままでは何も変わらない…」
少女は意を決し、少し大きな声で話し始める。
「わ、わたしはいつもこの場所でマッチを売っている者です。な、なぜこんなことをしてい
るのかというと…」
 少女はしゃべり始めてすぐに、辺りを見回した。街中の喧騒が、少女のか細い声をかき消してしまう。かっと目頭が熱くなる。
「わ、わたしはマッチを売っています!」
 数人の通行人が振り向いた。しかし、虚しくも少女の前を去っていく。
「なんだよ、いきなり大声出すなよ。びっくりするなぁ」
 一人の男がぼそっと呟いた。
 少女はとっくに泣き出してしまいそうだった。もう今すぐにでも走って、裏山の古ぼけた小屋に帰ってしまいたかった。こんな思いをするくらいなら、せめてマッチでも持ってくればよかった…恥じらいと寒さと辛さで震えてしまう。
「でも…」
 少女は自分の気持ちを整理するために、小さくつぶやく。
「今帰ったって、何にも変わんない。今やんなきゃ、明日もおんなじくらい辛い思いをするだけ…」
 少女は深く息を吸い込み、大きく口を開いた。
「聞いてください! お願いします! 少しの間だけ、わたしに時間をください!」
 人々の視線が一斉に少女に集まる。きょとんとした顔の者。びっくりしたような顔の者。迷惑そうに眉をしかめている者…
 少女は顔を真っ赤にしながら続けた。
「わたしはいつもこの場所でマッチを売っています。皆さんも一度は見かけたことがあるはずです。なんでわたしがここで、こんなことをしているのか、少し話をさせてください!」
 数人が少女の元に近づいて行った。少女はまた息を整える。
「わたしの両親は…」

 人だかりが人だかりを呼び、少女はいつの間にかたくさんの人たちに囲まれていた。少女の話に涙を流す者や、腕を組みゆっくりとうなづく者、少女を抱きしめる者もいた。
 少女の足元には、毛布やランプ、薪、保存がきく缶詰などがたくさん置かれていた。これだけたくさんの物を運べないだろうと言い、台車を酒場から運んできてくれる人もいた。
 少女が話し終えると、大きな拍手と歓声が巻き起こった。何人もの人が少女の手を握り、あたたかな言葉をかけ続ける。
 働き口を紹介してくれたり、学校に通う手続きをしてくれる者もいた。 

少女は深々とおじきをし、何人かと大きな荷物を持ちながら帰路に着いた。
小屋の玄関の扉を開けた途端、疲れがどっとあふれ出し、そのまま倒れこむように眠りに落ちてしまった。

「マッチは、マッチはいりませんかー?」
少女は、またいつもの通りにいた。
いつものように少女の声は誰にも届かず、見向きもされない。
寒さと辛さと寂しさに耐えかねて、売り物用のマッチを一本擦る。ぽわっと小さく火が燃えて、あたたかく輝き出す。
 火を見つめていると、1人の少女の姿がぼんやりと浮かんできた。少女は直感的にその人が誰かを理解できた。
「お母さん」
小さいけど、お母さんだってわかる。赤毛だし、まつげも長いし、そばかすもある。多分、まだ子どものときのお母さんだ。でも、どうやらお母さんは泣いているようだった。大声で叫びながら泣いて、どこかへ向かって走り出していく。
お母さんが走って行った先には、女の人がいた。
女の人は、やさしくお母さんを抱きしめ、前髪をそっとかきあげる。
「あ、あの傷」
少女はその傷にも見覚えがあった。お母さんが小さい頃、友達と喧嘩しちゃって、傷が付いちゃったと笑って話してくれたっけ…
 お母さんは、女の人の腕の中でわんわんと泣いていた。
 女の人はにやりと笑いながら、お母さんの涙をぬぐった。
「はっはっは。大丈夫だよ…あんたならきっと大丈夫だ」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?