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#11 インドの新興配車サービス「BluSmart」は業界の黒船になるか

最近、インドのバンガロールの街を歩いていると「BluSmart」の車を見かけることが多くなった。
調べてみると、配車サービスを行うスタートアップである。

2023年1月24日に見かけたBluSmartの車(筆者撮影)

早速アプリをインストールし、数回乗ってみた。まだバンガロールでのサービス開始直後であり、配車数が少ないなど不便なところもあるが、ポジティブな意味で既存の大手配車サービスのUberやOlaとはやや異なる体験ができると感じた。

彼らはどのような会社なのか、そしてUberとOlaが配車市場の多くを占める中で、彼らに勝ち目はあるのだろうか。自分の体験も交えつつ考察してみた。

【弊社紹介】
弊社(株式会社hoppin)はUXコンサルティング事業、および中国・インドのUXリサーチ事業を行う企業である。参考:会社サイト
後者について、具体的には、中国・インドの優れたUXを提供するサービスを、現地ユーザやサービス提供企業の役職者へのインタビュー調査を通して分析し、日本企業への示唆を出している。
また筆者の滝沢は上海に2回居住したことがあり、2023年現在はインドのバンガロールに居住している。参考:筆者執筆のYahoo!ニュース




BluSmartとは


BluSmart2019年1月に創業した配車サービスを行うスタートアップである。最初はデリーエリアでサービスを開始し、2022年9月26日からはバンガロールの一部エリアでサービスを提供している。

創業メンバーのアミット氏によると、2022年11月23日時点のインタビューでは、デリーにはおよそ2,500台、バンガロールはおよそ200台のBluSmart車両があるとしている。(参考Youtube

2023年の3月20日からは、バンガロールのケンペゴウダ国際空港にBluSmartのピックアップゾーンが設けられており、今後バンガロールでもどんどん広げていこうという勢いが見てとれる。(参考記事
※それまでは、アプリベースの配車サービスのピックアップ ゾーンは、UberとOlaの2つだけだった。

2023年4月1日のバンガロールの空港でのBluSmartのピックアップゾーンの写真(筆者撮影)




ユーザ視点では「高品質な配車サービス」


ユーザ視点では、BluSmartの特徴は、以下の二つだ。
1. ドライバーからのキャンセルがゼロであること
2. 混雑時の割増料金(Surge Price)がないこと

以下は、まさに上記に書いた内容をアピールしている短い動画である。


これらが強みになる背景には、インドの配車サービスの二台巨頭の「Uber」や「Ola」に対してユーザが抱きがちな不満がある。

1. キャンセルゼロ

UberやOlaにおいては、配車確定後にドライバーによるキャンセルが発生することがしばしばある。
これは、お客さんのピックアップポイントが遠い等、ドライバーが条件が良くないと感じるライドだと、別のライドの方が良いと考えて確保しているライドを放棄するからだ。

特に朝や夕方などのピーク時には通常よりキャンセルが発生しやすい。筆者もライドをキャンセルされることを見越して、UberとOla両方で同時に車を呼ぶこともある。
ドライバーにとっても迷惑な話なので申し訳ないが、こちらも早く、確実に車に乗りたい。ドライバーからキャンセルされる可能性も考えると、お互い様というわけだ。

しかしお互いにとってキャンセル前提のサービスになってしまうことは、ユーザとドライバー双方の体験を害していると言える。


BluSmartにおいては、同社のウェブサイトによると、「ドライバーにはキャンセルボタンがない」とのことで、つまりBluSmart側からキャンセルされることはないということだ。これは安心である。


2. 割増料金なし

またUberやOlaにおいては、需要が多い時間帯においては、状況に合わせて割増料金(Surge Price)が適用される。
「人気の時期/時間は高い」というのは、例えば飛行機やホテルなどを始めとする各種サービスでよく見られる料金体系であり、それ自体は仕方ないようにも感じられる。

しかし、インドの配車サービス業界においては、割増料金について「不透明である」ということを理由に競争委員会 (CCI)から指導が入ったことがあるなど、透明性が問題になることもあったようだ。

「現在、需要が多いため少し高くなっています」との表示(筆者のUberアプリより)

またユーザからすると、混雑時の割増料金はないに越したことはない。
BluSmartにおいてはこの割増料金がなく、常に価格が一定なのだ。




とりあえず乗ってみた


パソコンの前でリサーチばかりしているのではなく、まずは自分がユーザになるべきだ。というわけで、とりあえずアプリをインストールして使ってみることにした。

予約した時点では(2023年3月)、バンガロールは配車台数が少ないからか、事前予約しないと乗れない(即利用はできない)状態である。

ちょうど数日後に空港に行くタイミングだったため、予約して利用してみた。

価格は初回利用クーポンの割引前で1,054ルピー(1,716円)と、Uberを利用するときよりもやや安い〜同じくらいの印象だ。
※空港へのライドは市内でのライドとメニュー上分けられているので、特別な料金体系なのかもしれない


メニューは市内ライドと空港へのライド。市内ライドはレンタル(時間貸し)も可能である。
(出典:筆者アプリのスクリーンショット)

ちなみに、空港以外へ行く際も数回利用してみたが、同ルートでUberとOlaで検索してみると、筆者が体験した範囲では、通常時はおおむねUberとOlaよりやや高く、混雑時は安い価格であった。

ただ、「通常時はやや高い」と言っても、上記はUberは「UberGo」、Olaは「Mini」という最も広く使われている、エコノミカルな選択肢と比較した場合の価格だ。
実際のところ、BluSmartの車/サービスはUberだと「Uber Premier」、Olaだと「Prime」というより高いランク(広い車/若干の良いサービス)かそれ以上に相当すると思われる。

それらのUber/Olaの高いランクの車と比較すると、私が何度か検索した限りではBluSmartは同じくらい〜安いことが多いようだ。
そのため、高いランクの車に乗りたいユーザ層に対しては、十分競争力はある価格だと思われる。


さて、実際のライドだ。

実際に乗車した車両(筆者撮影)

車内はきれいであり、シートベルトもちゃんとある。運転手は、エアコンを使ってくれる。また車内で運転中に人と電話もしていない

これらは日本では当然のことだ。しかしインドではそうではない。



車内がきれいでシートベルトがある

UberやOlaの車(=運転手保有の車)の車内は、日本のタクシーの感覚からすると、きれいとは言い難いことが多い。(例:埃っぽかったり、シートが破れていたり、ゴミが落ちていたり)

またシートベルトはシートに埋まっており(写真参照)、使えないことも多い。

先日乗ったUberの車。シートベルトはあるが、差込口がないので利用できない(筆者撮影)

シートベルなしの車に乗ることは、(自分を含め)人によってはストレスに感じられるだろう。
私個人的には、インドの車の運転は日本より荒く、交通ルールがあってないようなものなので、日本にいる時よりも「シートベルトをしたい」という気持ちが強い。

そのため、BluSmartで、「きれいでシートベルトがある車」に確実に乗れるというだけで結構な安心感や快適さを感じた。



デフォルトでエアコンを使ってくださる

加えて、多くのUberやOlaの運転手は暑い時期でも、運転手はガソリンの減りを気にしてエアコンを使っていないことが多い。
そうすると窓をあけて運転することになるが、そうなると道路の汚い空気が入ってくるし、何よりも時期・時間によっては暑い。

そして、エアコンの使用をお願いしても上述のガソリン問題から渋ることもあるのだ。



電話をしていない

加えて、多くのUberやOlaの運転手は運転中に人(家族や友人)と暇つぶしのために通話をしている。

絶対的にそれがダメかどうかはおいておいても、仕事中に人と雑談電話してるサービスが快適か、高品質か、というとそうではないだろう。


電話しながら急ブレーキを踏まれたりすると「大声で雑談していないで運転に集中して欲しいな」などと感じてしまうこともある。(雑談と急ブレーキの関連性があるかは不明だが、心情的にそう思ってしまう)

また何か話しかけたい時(エアコンONの要望や道の要望など)に話しかけづらいとも感じる。

私が数回乗った中では、人との雑談通話をBluSmartの運転手さんがすることはなかった。



サービスとしての「きちんと感」

ちなみに運転手さんは制服を着ており、「きちんと感」があり、(気持ちの問題だが)なんだか安心だ。

制服を着ている運転手さん(筆者撮影)


また車内には何かがあった時にユーザが押すことができるSOSボタンが2つある。

左右にSOSボタンがある(筆者撮影)


特に問題なく、空港に到着することができた。
この後、本記事を書くまでに2回ほど利用したが、いずれも特に問題なく快適に利用することができた。




ビジネス観点での特徴は、ドライバーが「BluSmart提供のEV」を運転すること


ビジネス観点では、既存のプレイヤーと異なる点が大きく二つある。
1. BluSmart側が車両を提供していること
2. 車両はすべてEV(電気自動車)であること


1.BluSmart側からの車両提供

一つ目は、ドライバーが車を所有するUberやOla とは異なり、BluSmartは自社で車を用意している点だ。
※厳密にはTataやMahindraなどの大手メーカーからリースしたものである

雇われているBluSmartのドライバーは、営業所に出勤し、そこに用意されている車に乗る。要は日本などでの一般的なタクシー会社と同じモデルである。

自らが所有する車でビジネスを行うUberやOlaのドライバーは、メンテナンスコストや燃料チャージ代金、保険料、購入した車のローンなどを払う必要がある。
そのため、無駄なお金を使いたくないと考え、車をきれいに保ったりするモチベーションが低かったり、冷房の利用を渋る場合も多いというわけだ。

しかし、BluSmartのモデルだと、ドライバーは、それらを負担する必要がないのだ。

創業メンバーのアミット氏は「BluSmartは、ドライバーが資産所有の煩わしさを感じることなく運転し、収入を得ることができるよう、包括的で公平な経済機会を創出しています。」と語る。(参考リンク

結果として、BluSmartのドライバーは、平均して月額2.2-2.4万ルピー(約3.6-3.9万円)の収入を得ており、これは競合のUberやOlaのドライバーと比較すると、1.2-1.3倍程度高いという。(参考リンク


2.全てがEV車両

二つ目は、BluSmartの車は全てがEV(電動自動車)という点である。

結果として、ガソリン車と比較すると、ランニングコスト・メンテナンスコストが低いようだ。

また、BluSmartの場合は、提携企業が提供する専用の充電ステーションが数キロおきにあることから、充電懸念がそこまで高くない
※インドにおいてEV普及率は低いため(2022年7月時点で車全体の0.48%というデータも)、結果として充電ステーションが少なく一般市民にとっては利便性が低い。

また、政府が環境問題への対策のためにEV利用を促進しており、関連ビジネスに補助金を出しているという背景もあるようだ。




BluSmartの今後


BluSmartは国内外の投資家から既に5,680 万ドルの投資を受けており、今後さらに2 億 5,000万ドルをクローズする段階だ。
同社の評価額は8,110万ドルで、2023 年末までに、利益を上げることが期待されているという。
※ちなみにUberはインドで10 年間営業しているが、まだ利益を上げていない(参考リンク

また24年の12月中にはさらに25,000台を投入し、サービス展開をする都市は6都市増やしたいと創業者は語っている。(参考Youtube


BluSmartの経営陣(出典:Forbes India

今後の伸びが期待されるBluSmartだが、個人的には、データ活用によるユーザ体験向上策にも注目したい。

そもそもEVは運転データのモニタリングがしやすい
運転データ活用についてはあまり情報が出ていないが、BluSmartは充電状況や運転手の運転中の平均スピードをモニタリングし、適切な運転をしているドライバーにはインセンティブを与えているという記事もある。(参考記事

このように運転データの活用と適切なインセンティブ設計により、高品質な運転を実現/継続できるのであれば、より他社との差別化も図れる。その際に重視するデータやインセンティブ設計も興味深いポイントだ。
※中国の配車サービス「DiDi(滴滴出行)」はこの方法で運転の質の底上げに成功していると言える


インドで伸び盛りのサービスの、今後の動向に注目だ。


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