僕は花の味を知っている。
゛僕は花の味を知っている。゛
善吉という男がいた。
善吉は一日ひとつ、「善行(よいおこない)」をしないと、
息がくるしくて堪らなくなる。
しかし善吉には、よいおこない というものが、
未だはっきり解っていない。
解っていないまま、善吉は、15歳になって、17歳になって、やがて19になり、
住み慣れた 緑と土の匂いのする街を出た。
そして大きな街へ住むことにした。ここでは「トカイ」としよう。
とても速い乗り物に乗って行ったから、
「よく景色が見えないな」
と、独りごちた。
善吉は花を食べる。
花を食べると、その土地の水や、土や、風、星の光り方まで、解る。
そんな気がしているからだ。
トカイ の花は、善吉がよく食べていた花より、わずかに、苦く、すこし先が茶色ばんでいた。
あとは、ほんのすこし、プラスチックのような すこし無機質な味がした。
ここで、よいおこない はできるだろうか?
プラスチック味の花を食べた善吉は、不安になった。
それから、
善吉は、働いて、働いて、働いた。
トカイ も、前に居たやさしい土地と、同じくらい 善い(よい) 人達が居て、恵まれていたが、 よいおこない をするには、まだまだ難しいと思った。
春の光るある日、
道端に黄色が煌いているのが見えた。
あれはもしかしたら、”フクジュソウ”ではないか?
革靴がすこし汚れるのも構わず、善吉は、かがんでじっ と見つめた。その日は朝飯を食べていなかった。
朝露につやつやしている、黄色い花を、茎からもぎとり、そっと、口に運ぶ。
善吉の眼前に
水や土や風、星の光り方、
すべてが見えた。
満たされた。全身で、それを受け取った。
”明日はきっと、朝陽(あさひ)と一緒に起きられるだろう”
善吉は、いっぱいに満たされた腹で
そう 思った。
”花の味を、思い出したんだ。”
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気づいたときに修正していきます。
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