うぐいす(ランダムワード小説)
ウグイス嬢というのは、美声だからウグイス嬢なのよ、とは姉の口癖だった。私が低いダミ声だったのもあるけど、私を貶すというよりは球場でアナウンスをしたことがある自分を誇示したくて仕方なくて何度もそう繰り返していたのだ。
姉は野球の球場でビール売りをしていた。あのチラチラ太ももを見せながら、背中に大きなタンクを背負い、おっさんたちにビールを注いで回る娘だ。ホームランボールが飛んできて、目の前でお客に助けてもらったこともあるのよ、と口を開けば自慢話の姉だった。
本物のウグイス嬢が風邪で声が出なくなった夜に、たまたまアルバイトしていて、たまたま一番声が似ていたという理由で、姉は一度だけピンチヒッターを務めたのだ。といっても原稿を読むだけ。そのあと一度も呼ばれていないのだから、出来もさもありなんだろう。
ねえ、お姉ちゃん、男だと何ていうか知ってる?
スマホをずっとスワイプして戯れている姉にある日聞いてみた。姉はその前の日に彼氏にデートをドタキャンされて、それからそのスワイプが止められなくなったのだ。そんな弱っているところに私が追い打ちをかける。
無視する姉に私は答えを。
カラスボーイっていうのよ。女はウグイス嬢、男はカラスボーイ。選挙カーに乗ってる男のこと。
だから何よ。
べっつにぃー。
私はそう言って、お風呂に逃げ込む。私がいなくなったリビングには、ダウンタウンDXのから騒ぎの笑い声に、姉の音も立たないスワイプ、そして、カラスボーイと名づけられた哀れな黒背広の男の気だるそうな声が、人見知りだらけの立食パーティーみたいに居心地悪く漂う。
私は風呂に浸かりながらそれを想像してクスクス笑っている。
ああ、おかしい。カラスがうぐいすを慰めているわ。彼のことはもう忘れな。離れた心は戻らないよ。流れた涙は渇いたとしても。