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【プレイレポート】鬼の研究_第1話《猿の怪》_後編

3. 燃える洞窟

猿、炎、悲鳴、哄笑、黒煙、混沌。

洞窟に入り込んだ野ネズミの目に映ったのは、毛皮に火が着き狂ったように跳ね回る猿ども、そしてその中央に突っ立ち、時折りその胸をがばりと開いて焔を噴き出しながら嬉しげに呵々大笑するーーなんと言えばいいのだろう。つぎはぎだらけの鎧の上にさらに蓑笠をまとい、火を吹く杖を打ち振る……つぎはぎ鎧の傀儡といえば一番近いのだろうか。

どちらもお山に居ていいものじゃない、相討ちになればいいのに、と、野ネズミが踵を返しかけたとき、助けを求めるのと悪態を半々に吐き散らす子どもの声が上がった。

そう、子どもだ。鎧傀儡の足元に転がっている。どうやらこの傀儡は子どもを護って猿どもに火を放っているように見えた。ならば話は別だ。世の中には色んな見てくれのモノが在る。

野ネズミはちょろりと子どもの傍に走り寄った。傷だらけの手足を縛り上げている藤蔓を噛み切る。緩んだ藤蔓を子どもは勢いよく蹴飛ばし、逃げ出そうとしてたたらを踏む。

周囲にいるのはごうごうと火を噴く鎧と、火がついて転がり回る猿と、歯を剥き出して襲いかかってくる猿だ。火は向こうから避けてはくれぬから、襲ってくる猿をどうにかするしかない。

野ネズミが童女に姿を変え、叫んだ。

「坊、こっちにおいで!」

返事は悲鳴である。あたりまえだ。混乱の中で突然小娘が現れたようにしか見えない。

ーーええい、退け、退けい‼︎

大将猿の口から猿語の下知が飛ぶ。火炎から逃げたくてたまらなかった小猿どもは、途端に一斉に逃げ散った。

「なんだ、燃やすものが減ってしまったではないか!」

鎧傀儡が残念そうに叫ぶ。やぶれかぶれの大将猿が鎧傀儡に飛び掛かる。

童女は咄嗟に足下に落ちていた藤蔓を掴み、振るった。小さな手に握られた藤蔓の表面はその瞬間、鋭い棘にびっしり覆われている。自然(じねん)の精として年経たものは、自然のありようを操るわざをおのずと身につけるのである。

思わぬところから棘だらけの蔓に打たれ、大将猿はぎゃっと叫んで飛び退いた。

ーー邪魔が入ったか! ものども、かかれ、かかれぃ!

誰も来ない。
そこでようやく、先ほど撤退の下知を飛ばしてしまっていたことを思い出した大将猿は、今度こそ赤い顔が真っ青にならんばかりの慌てようで飛び上がると、火の粉でくすぶる毛皮をはたきながらどたばたと逃げ出した。

「おおい、待てい、まだ踊ってくれるんじゃなかったのか」

逃げてゆく大将猿の背後から、のんびりと物騒なことをよびかける鎧傀儡ーーいや。

童女は微かに首をかしげた。傀儡ではないーーこの“モノ”の実態は傀儡の中に宿る、火だ。鎧の傀儡の中に火が燃えている。山の火の精なのかーーいや、違う。この火は自ずから生まれるものとは異なる、“つくられたもの”のにおいがする。だが火は火に違いはなさそうだ。それならさぞ燃えたかろうし燃やしたかろう。腑に落ちると童女は小さく笑った。なんて運のいい。小鳥や栗鼠たちを困らせる猿どもの群のねぐらも知れたし、それを懲らしめる手立てにも巡り逢えた。

「兄さん、あの毛玉たちをまだ燃やしたいのでしょーー案内するよ」

唐突に声をかける。おや、とでもいうように、火の鎧の“目”が童女の上に止まる。

「坊、あんたもここから出たいよね、行こう」

それだけ言うと童女はすたすたと歩き出す。目指すは先ほど“野ネズミ”の目の前で洞窟の中から飛び出していった群の向かった方角。

4. 街道の猿

日が傾きかけている。山あいを抜ける街道を、迦楼羅は走る。気ばかりが焦る。

世話係の老婆の、五年前に物故したという連れ合いのために経をあげるなどしてやってようやく打ち解けたのが今日のことである。
そうして、最近は猿どもが街道の旅人を襲うだの、村の畑の作物を荒らすばかりか家の中まで入り込んできては狼藉をはたらくだの、ひっかいたり噛みついたりの他に、あろうことか猿のくせに刃物まで持って切りかかってくるので恐ろしくて仕方がないだのといった恐ろしげな訴えを聞いていたところで、突然山のほうから猿の声、そして犬のただならぬ吠え声が響いてきたのである。

もちろんおっとり刀で飛び出した。が、今はあたりは嘘のように静まり返っている。

道の先に誰かが倒れている。見覚えのある墨染の旅装。まさか、いや、やはり。

「忍慶どの!」

迦楼羅は思わず声を上げた。答えるように周囲の木の梢がざわつく。風か、いや。

猿の群れだった。
なりが大きいものばかりではない。とはいえ、小刀や槍の穂先を器用に構え、中にはちぎれた鎧の残骸らしきものを身体に括り付けたものもいる。退治るべき猿の化け物とは、こいつらか。そう思った時には右手に剣を構え、左手は印を結んでいる。道を塞ぐように飛び降りてくる猿が数体、残りは……街道沿いの木立の暗がりからこちらを睨め付ける、無数の目。これだけ数がいたのでは、確かに霊犬の助けを借りずばなるまい。先ほどの犬の声が、あれが霊犬か――いや、まずはこの場を凌がねば……

息詰まる睨み合いを破ったのは猿の方である。間合いに飛び込んで来た毛むくじゃらの塊を迦楼羅は咄嗟に切り払い、次の相手に備えた瞬間。

飛び込んでこようとした猿が、空中で炎に包まれた。なにごと、と、周囲に視線を走らせる。奇妙な三人連れが見える。鎧武者――いや、鎧傀鎧とでも呼ぶべきか、ちぎれた鎧を継ぎ合わせ、蓑笠をまとったなんとも得体の知れぬ人影、年の頃は十ばかりかと見える少年、そして少年よりもさらに幼い童女。山の方からやってきたらしい。鎧傀儡が胸元に手を構えてひとことふたこと叫ぶと、その胸元ががばりと開き、そこから奔流のごとく炎が迸って猿を焼く。そして童女は器用に鞭を操り、小さな身体にも似つかわしくなく、猿を絡め取っては引き摺り回す。

ーーなんとも素性の見当のつかぬ連中だが、加勢してくれるならありがたい。

心の中で独りごちた瞬間、迦楼羅の背筋を冷たいものが走った。
街道を押し包む宵闇の気が、さらに濃くなる。枯れ木は細長く奇怪に伸びた骸骨のように、木の葉に映えていたはずの日の名残りがちらちらと燃える鬼火のように見える。さきほどまで山の端にかかっていたはずの夕陽が、落ちるというよりはかき消え、冷たく湿った夜気が急に皮膚を噛む。これは――なんというべきか――おそらくは、そうだ、これは、常夜(とこよ)の国の気だ。この場所だけが切り抜かれたように、常夜の国に成り代わっている。猿どもの眼が魔性の光を帯びて、真っ赤に熾った炭のように燃える。

「坊、気をつけて。いま、ここは、生きている者の住む場所じゃない」
童女が少年に低く叫ぶ。
「あたしの後ろにおいで」

ーー常夜の幽冥の気配が判る連中か。ならば頼みにもしてよかろうか

そう思った迦楼羅の内心に応えるように、鎧傀儡の突き出した手が蒼く光る。そこから放たれたのは爆炎か雷撃か。ひときわ身体の大きな猿がもんどりうって跳ね飛ばされる。

迦楼羅の三鈷剣が最後の猿を叩き斬る。常夜の国の気は既に消え失せていたが、血の臭いも生々しい街道に、いつしか今度こそ本物の宵闇が忍び寄っている。

猿どもの骸の向こうに倒れていた人影は、やはり忍慶であった。酷い傷を負い、既にこときれている。その傍らには真っ白な毛皮を血に染めた犬が、これも戦い抜いて及ばなかったものであろう、喉笛を掻き切られて息絶えている。

「霊犬の助けも虚しかったか……」

迦楼羅が深い溜息をついたとき、忍慶の身体の下から白い塊がまろびだして来た。
ふくふくとよく肥えた、この惨状にはいかにも場違いなほど愛らしい仔犬である。忍慶の傍に斃れている白犬とそっくりなところをみると、親子だろうか。

「生き残ったのはお前だけか……」

もうひとつ溜息。だが、こうしては居られぬ。日が暮れれば山道は魔界の色を帯びる。

「どなたかは存じ上げぬが、此度(こたび)は危ないところへの加勢、感謝する。拙僧はこの先の檜皮の村へ向かうところであった。もう日も暮れる。差し支えなければ拙僧の連れとなって……」

言いかけて、口ごもる。
目の前で、童女が仔犬を抱えて覗き込むようにし、「ねえ、おしえてくれない? さっきここでなにがおきたの?」と一心に問いかけている。仔犬は童女をじっと見つめて、わん、と一声吠えた。ゴハン! と叫んだようにも聞こえたのは気のせいか。
どうしたものか、と、迦楼羅が次の言葉を言いあぐねていると、
「坊様と一緒に行くよ」
童女が急に顔を上げ、今度ははっきりと迦楼羅に向かって言った。
「何があったかこの子にきいてみたんだけど、“ゴハン!”としか言わない。仔犬だから、お腹すいたらもうしょうがないよね。明日になったら、あたし、ちゃんとしたこと訊けるから」

ーー幼き娘ごに見えるが、何らかのわざの使い手なのであろうな。それとも化生のものだろうか――だが、物言いが幼子とかわりないのは、はて、どうしたものか……

迦楼羅は何度目かの溜息をつき、鎧傀儡に向き直った。
「いかがかな、そなたも共に」
「一緒に行ったら、踊らせる相手がいなくなりはしないか」
一層不可解な返事に、思わず返す言葉に詰まると、
「心配するこたぁねえよ、あの猿どものほうから村に来らぁ」
少年がそんなことを言い、ならば一緒に行こう、と鎧傀儡は頷いた。

戦いの時は心強い加勢と思えたが、と、迦楼羅は首を捻りつつ、しかし暮れてゆく山道にいつまでもこうしているわけにも行かぬ。忍慶の亡骸を迦楼羅が背負い、白犬の骸は鎧傀儡が担いで、一行は迦楼羅の導くまま、檜皮村に向かうのだった。

《鬼の研究》第1回 2022, 09, 02 プレイ記録




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