序-あるいはキャラクター紹介-
――国内の山村にして遠野よりさらに物深き所にはまた無数の山神山人の伝説あるべし。願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。
柳田國男 『遠野物語』序文より
はぜ火
どこか遠くで、それともひどく近くで、かすれた音がする。
繰り返し、繰り返し、執拗に――
音、いや、声。
言葉にならない声が呼びかけてくる。
応えるように、身体の奥で何かが動いた。
温かい――いや、熱い。
熱い?
身体?
これが、おれの、身体――なのか。
ゆるりとまた意識が遠ざかる。微睡の中に戻ろうとしたとき、視界を何かが過ぎった。そう思う間もなく身体の奥から熱い赤いものが“そいつ”めがけて迸(ほとばし)った。赤いものに包まれ、そいつは跳ねる、踊る。
――ああ、きれいだなあ、楽しいなあ…
おれは、そいつをずっと眺めている。やがて、黒くなる。そいつも、視界も。
はぜ火(と、のちに呼ばれるようになるもの)
生まれたばかりの火薬の神。内側に炎を宿したつぎはぎだらけの鎧。或いは殻を纏(まと)った炎。
ウォーフォージド、地獄のウォーロック(書の契約)。
PL チョモラン
ひゐな
大木の股から翠(みどり)の滝のように、石斛蘭(せっこくらん)の大株が枝垂れ落ちている。 小鳥が飛んできて、その中に身を埋める。山火事の火の粉でも浴びたのか、翼がところどころ焼けこげている。
と。
――ああ、かわいそうに
いつのまにか、歳のころ五つ六つばかりかと見える童女が木の根方に立って小鳥を胸に抱いている。
――なぜこんな……ええ、火をつけてまわる奴輩(やつばら)が居る、と……
いたましげに呟きながら童女は細い指で小鳥を撫でる。
――安心おしよ、放ってはおかぬから
その言葉が聞こえた瞬間、小鳥は何事もなかったかのように飛び立った。そう、羽を焼かれたこともなかったかのように。
風が吹いて大木が揺れ、翠の滝が煽られた。それに驚いたか、木に安らっていたのだろう栗鼠や野鼠が駆け出して行き、そして童女の姿もどこにもない。
ひゐな(と、のちに名乗るもの)
山に生まれ山に棲むもの。石斛蘭の精。容(かたち)定まらぬもの。
フォレスト・ノーム、土地の円環(森林)のドルイド。
PL たきのはら
迦楼羅
「それでは迦楼羅(かるら)、拙僧はまず霊犬を借り受けに参る故(ゆえ)、其方(そなた)は暫(しば)し、この檜皮(ひわだ)の村にて構えておられよ」
「忍慶(にんけい)どの、確かに仰せ仕(つかまつ)った」
山村のはずれの簡素な堂に、親子以上にも年が離れて見える男が二人、居住いを正して向き合っている。墨染の旅装から、いずれも雲水(うんすい)、すなわち行く水・流れる雲のごとく諸国を経巡(へめぐ)る僧であると知れる。
かれらは鎮護国家を任とする護法の一派の退魔師である。諸魔を退けつつ里から里へと巡り往き、歳月を重ねゆくものである。諸魔とはすなわち、この世の綻びから人里にまで迷い出してくるものどもである。例えばこの世の生を終えたものが越える、陰深き渡瀬の先にあるという常夜(とこよ)の国の、あるいは魔界のあやかしのたぐいである。叶わぬ思いや未練に凝り固まるあまり、常のものでなくなった生霊死霊のたぐいも滅するべき魔とされる。かれら、すなわち護法衆とは、衆生(しゅじょう)を迷わせ害するそれらを打ち払い折伏しようとするものである。
老僧は忍慶という。一派の役僧である。
口にしている言葉はいかにもただならぬふうであるというのに、彼の皴深い面差しは、常に微かな笑みを含んでいるかのように柔和である。諸魔を退けるという荒行も、修め続けることで穏やかな徳を重ね磨いてゆくのだと思わせる好々爺である。
一方、迦楼羅と呼ばれたほうはといえば、激しすぎる修行のためか肉の削げ落ちた身体、整ってはいるが険を感じる厳しい面差し。表情のほとんど動かぬ顔は、凍てついた湖面を思わせる。身の傍に横たえた剣の柄(つか)は、そのまま降魔の法具、三鈷の形を成している。その剣の使い込まれたふうを見るに、こちらもいかにも百戦錬磨の武僧である。
やがて出立する忍慶を見送ると、迦楼羅はかすかに息を吐く。この度の役務は、檜皮村というこの山村の周辺を騒がす、猿の化け物の退治である。村に到着してあれこれと話を聞くに、人の手だけではとうてい退治が追いつかぬから、山ひとつ向こうの村から白い霊犬を借りてことにあたるとよかろうということになったのである。
例えいくら齢(よわい)を重ねたからとて、猿ごときがそのように恐ろしくなるものだろうか。そうひとりごちながら、迦楼羅はうららかな陽の差す山を見上げる。
村人たちの間に一人立ち混じるというのが、実は迦楼羅にとっては少々気の進まぬことなのである。迦楼羅は常夜に棲むものたちの血を引いている。整いすぎた面差しと、白皙を通り越して蒼ざめた顔色から、それはすぐに見てとれる。
かれらの一派は出自を問わぬ。御仏の法に従い、世の理を保つことに心を向けるのでさえあれば、この世のものでなくとも構わぬ。そもそも御仏の力そのものが、この世の範に収まらぬものである。 とはいえ――
この世ならぬものの血を引く迦楼羅の姿格好を恐れてか、村人たちは迦楼羅だけが寝泊まりするようになった堂には近寄らぬ。世話役を仰せつかったらしき老婆がひとり、朝晩におずおずと戸口にやってきて、味噌と握り飯を置いていくのみである。これも修業であろうなあ、と、迦楼羅はひとりごちる。その間もその表情は相変わらず、凍てついた湖のごとく動かぬのではあるが。
迦楼羅
護法衆の退魔師。真言を唱え、印を結び、世にあまねき仏法の熾炎・雷音の力を宿す降魔の剣をふるうもの。
シャダーカイのファイター(エルドリッチ・ナイト)。
PL ふぇるでぃん
《鬼の研究》
システム:D&D第5版
DM:D16
プレイレポート:たきのはら