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煩悩喫茶Agua「やりたいことがわかりません」

いらっしゃいませ、お好きな席にどうぞ。

ご注文:レモンティーとサバラン。

ラム酒入りシロップをたっぷりしみこませたサバランは、私がたぶん一番好きなケーキです。シロップは甘さ控えめ、ケーキのてっぺんに付ける生クリームも無しというリクエストで、知人のパティシエに作ってもらっています。

「ぼく、サバランが好きで、結構あちこちの食べましたけど、これはスポンジ自体が美味しいし、全体的に甘すぎなくていいですね」

 ありがとうございます。途中で食べるのがイヤになるほど甘いのが時々あるでしょう?そうしないでって、お願いしたんです。ひょっとして今日は、ウチのサバランの評判をどこかで聞いて来られたとか?

「残念ながら、ちがうんですよ。なんか、店主さんは本業がライターだそうで、それでお聞きしたいことがありまして」
 新卒で入った会社に4年ほど勤めた。それなりに行きたかった企業だが、入ってみたら想像とちがって、仕事が全然おもしろくない。毎日やりたくもない仕事に追われ、忙しいだけで日々が過ぎていくことが空しくなってきた。一度きりの人生が、これでいいのだろうか? まずは自分のやりたいことを見つけようと考えて、とうとう辞めてしまった。
「ぼくはライターになりたいわけじゃなくて、それよりも、どうやって自分に合う道を見つけたのか教えてほしいんです。昔から本が好きだったのか、それとも何かきっかけとかあったんですか?」

 それがちがうんですよ、むしろ考えてもみない展開でして・・・。私の身の上話はあとでするとして、お客様は今やりたいことは全然ないんですか? そんなことはないでしょう?

「学生時代にやってたスキーとか、旅行や映画は好きですよ。でもどれもしょせん趣味ですよ、仕事にしたいほどじゃありません」
 いろいろなサイトや動画を見たり、おもしろそうなコミュニティのオフ会や起業家セミナーにも出てみたが、どうもピンと来るものがない。
「それで、あちこち見たらどうかな、特にワーホリなんかどうかなと思ったこともあって、会社辞めちゃったんですよ。やっぱ海外にしばらくいたら、何か見つかりますかね」

 ワーホリね、私も20代ならぜひやってみたいです。今は現地のバイト料も日本よりずっと高いそうだし、よろしいんじゃないですか? ただ、外国だと何か見つかるとも限らないですよね。どうやったらやりたいことが見つかるか・・・お客様がさっきおっしゃったこと以外は、私も思いつきません。お客様はどうしても「自分のやりたいこと」で食べていきたいようですが、安定した暮らしより、そっちの方が上? 

「ぼくの周りにも、安定志向はいっぱいいますよ。将来が不安だからとか、結婚したら家を買いたいからとかで、〇〇才までに絶対にこれだけ貯める!とか言ってる奴も結構います」
 自分もかつては、それに近い考えを持っていた。だが起業した人や移住者などの動画やブログを見ると、収入は少なくてもみな幸せそうだ。
「これだ!というのに出会えた人って、どうしてあんなに生き生きしてるんですかね。どうせなら、そんな生き方がしたいじゃないですか」

 お客様のおっしゃる通り、好きなことをして食べていけたら、どんなにか素晴らしいでしょうね。でも、どれほど楽しいこと好きなことでも、仕事にした瞬間から厳しい現実に変わってしまうんです。生き生きして見える人も、それは数年か十数年のうちで、やがて「つまらない仕事でもいいから、給料もらった方が楽だ」と思うようになるかもしれません。実際、そうやって自営業から雇われに戻る人も結構いるんですよ。もしくは、どんな結果になっても「経験できてよかった」と思えるならいいですけどね。

「じゃ、ぼくの考え方はまちがってますか?」

 それは、私が決めることではありません。ただ、お客様は今は特にやりたいことがないのでしょう? 宝探しではないので、がんばれば、探す時間をわざわざ作れば、その分早く見つかるとは限りません。10年、20年後に、お仕事の延長や、ふとした時に見つかるかもしれません。時々いるでしょ、50代、60代で何かに出会って、お店始めたり、職人になる方。

「それじゃ遅いんだよな。20代のうちにどうしても見つけたいんですよ。やですよ、年取ってから苦労すんの」

 うーん、でも今無理して何か始めても、いずれ苦しくなると思うんですよね。
それより「これだ!」が見つかった時の資金稼ぎに、しばらくは手堅く働いてもいいのではと思うんですけど、どうですか? 前の会社は合わなくても、次に入るところは合うかもしれませんよ。

「じゃ、今は再就職しとけってことですか?」

 私は会社勤めもフリーも経験したから、どちらの良し悪しも知っています。やりたいことを仕事にしても、会社勤めとはちがう大変さがあることを知っているので、お客様の意にそぐわないことを言ってしまったんです、ごめんなさいね。「自分に合う道を何としても見つけたい」というお客様の熱意は素晴らしいと思ってますよ。

「何かますます迷ってきちゃいますね。とにかく会社は辞めちゃったし、これからどうしようかな」

せっかく今は自由だし若いんだし、ワーホリをなさってみたらいいですよ。「何だ、あの店主、あんなこと言ってたけど、外国でちゃんとやりたいこと見つかったじゃないか!」ってことになるかもしれない。その時は、またいらしてください。何かサービスしますから。

「マジすか?! ところで、そろそろライターになったいきさつ、話してくださいよ」

わかりました。次号に続きますね。

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