
【短編小説】お詫び
おしゃれな洋服や雑貨がひしめく巨大ショッピングモール。その片隅のカフェに座ってコーヒーをすすりながら、飯尾健次郎は十回目くらいのあくびをした。
こんなにつまらない場所もほかにないと、健次郎は思う。妻と娘が購入した商品たちを、椅子に乗せて見張りながら、男と女の間には深くて長い川が流れていると思う。すべての店に目を通したわけではないが、このショッピングモールに健次郎の欲しいものがあるとも思えない。
なのにどうやら妻と娘にとっては、いくら見ても見飽きない、宝の山のような場所らしいのだ。いまも健次郎を置き去りにして、宝の山に出かけて行ったきりだ。
「いったいなにがいいんだかね」
健次郎が独り言ちたとき、ふいにショッピングモールのアナウンスが流れた。
「お客様のお呼び出しを申し上げます。先ほど、三階雑貨店ルマンドにてラッピングをご注文いただきましたお客様、お誕生日用のラッピングをご所望のところ、間違えてクリスマス用のラッピングでお渡ししてしまいました。深くお詫び申し上げます。つきましてはラッピングを交換のうえ粗品をプレゼントいたしますので、三階雑貨店ルマンドまでお手数ですがお戻りいただきますようお願い申し上げます」
粗品? 粗品がもらえるのか? と健次郎は思った。ショップのひとが勝手に間違えただけで、なにかもらえるなんてお得じゃないか。
いや、いやいや。健次郎は被りを振った。このショッピングモール全体を見回しても、俺の欲しい物はありそうにないのだ。粗品だって、もらっても迷惑するような代物に違いない。
と、ここでまた店内アナウンスが流れる。
「お客様のお呼び出しを申し上げます。先ほど、二階眼鏡店ルーベラにて眼鏡をご購入いただきましたお客様、2時半に商品をお渡しする予定でしたが、度数を間違えてしまいました。ただいまお作り直ししておりますので、あと30分ほどお待ちいただけますでしょうか。大変ご迷惑をおかけいたします。深くお詫び申し上げます。お詫びの印にお好きなサングラスをおひとつ差し上げますので、なにとぞご容赦くださいませ」
なに?! サングラスがもらえるのか?! それもお好きなやつがもらえるのか?! これはいくらなんでもおいしいのではないかと、健次郎は思った。お店のひとが勝手に度数を間違えて、たかだか30分余計に待たされるくらいで、サングラスがひとつもらえるなんて、これはどう考えてもお得ではないか?
健次郎はもう、店内アナウンスから耳が離せなくなった。早く次のアナウンスが鳴らないかと耳をそばだてた。待望の店内アナウンスは、その5分後に流れ出した。
「お客様のお呼び出しを申し上げます。先ほど、一階ジュエリーショップエリーゼにて一粒ダイヤのネックレスをお買い上げいただきましたお客様、お買い上げの際にお引きいただきましたくじが当選しておりましたのに、お渡しそびれてしまいました。深くお詫び申し上げます。当選商品は松坂牛ステーキ用二人前、お詫びの印としてダイヤのネックレスとペアでお使いいただけます、一粒ダイヤのピアスを差し上げます。恐れ入りますが、一階ジュエリーショップエリーゼまで足をお運びくださいませ」
なんということだ! 健次郎はわなわなと唇を震わせた。松坂牛のステーキ二人前がもらえるだけでは飽き足らず、お詫びに一粒ダイヤのピアスまでもらえるとは! 一粒ダイヤのピアスってことは、要するに二粒じゃないか!! 新品で売ったらそこそこの値がつくのでは……!
健次郎は居ても立っても居られなくなった。なんとかして、なんとかして俺も、このショッピングモールに詫びてもらうことはできないだろうか。ここのお詫びはおいしすぎる。
だが、お詫びをしてもらうには前提としてなにか購入しなければならないし、店員さんにミスをしてもらう必要もある。案外難しいものだ。だが、チャンスはゼロではない。健次郎はカフェの椅子から立ち上がった。
「なにしてんの、健次郎」
振り返ると妻と娘が腕組みして立っていた。
「ちゃんと見張ってて、って言ったじゃん。あんた、なんできょう買い物に駆り出されてるか、わかってんの?」
妻の言葉に、健次郎ははいと答えるしかなかった。
「あの、先日の家族バーベキューをドタキャンしてゴルフに行ってしまったお詫びに……」
「そうだよね。わかってるよね」
妻は言った。
「じゃ、そろそろ帰ろ。さっき呼び出しあったから一階寄って、松坂牛とダイヤのピアスもらってから帰ろ」
「え、あれ、お前のなの?!」
妻はちらっと健次郎を見た。
「松坂牛のステーキ二人前だから、地下で一人前追加で買って帰るか」
「かたじけのうございます!」
健次郎は深々と頭を下げた。
≪了≫