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【(わりと)短編小説】ほらふきかっちゃん・4
そこへ母ちゃんが入ってきた。
「勝治、あんた、悠馬を連れて銭湯へ行ってきてくれない?」
かっちゃんは父ちゃんの弟だけど、母ちゃんはいつでも「勝治」と呼び捨てにする。うちにも風呂はあるのだが、なんたって銭湯は広くて明るくていい。母ちゃんはかっちゃんに、必ず余分にお駄賃をくれる。それが僕たちのフルーツ牛乳になるのだ。
かっちゃんと一緒に、傘を差して歩く。洗い桶に、スポンジと風呂上りに着る服を入れて。僕は黄色い綺麗な傘だけど、かっちゃんの傘は真っ黒で、ところどころ破けている。かっちゃんの大きな傘に、木のしずくが垂れて大きな音がする。ぼろろん、ぽろろん、って。
「母ちゃんは、どうして雨の日に限って銭湯行けっていうんだろう」
「悠馬がうちにいるからや。そうでもしないと、俺が風呂にも入らんと思っちゅうのやろ」
「そしたら僕は、かっちゃんの見張り番だ」
僕はえへんと偉そうにおなかを出した。
「そうやで。しっかり見張ってないと、木の節女(ふしおんな)が出るぞ」
「『きのふしおんな』ってなに?」
「夜中に木の節の穴から、悠馬のことを見張っちょるお化けや」
「いやだ! 木の節女なんかに見張られるのはいやだ」
「ほな、かっちゃんがお風呂に入るのしっかり見とき」
「うん」
かっちゃん家から、坂を下って町へ降りて行ったところに、銭湯がある。がらがらと引き戸を開けて入ると、番頭さんが四角い木の箱のなかに座っている。
「あらら? かっちゃん、一昨日も来たのにまた来たのかい?」
かっちゃんが番頭さんに片手を挙げて、挨拶をする。
「ほらみろ、悠馬。かっちゃんは綺麗好きなんやで」
「ほんとだあ。母ちゃんびっくりするな」
かっちゃんと一緒に男湯に入る。まずは身体をしっかり洗う。
「なあ、悠馬。身体洗うスポンジってよう泡立つときと、なかなか泡立たないときあるやろ」
「うん。なかなか泡立たないときあるよ」
「あれはな」
かっちゃんは僕の耳にこそっと
「スポンジには予知能力があるからやねん」
と吹き込んだ。
「予知能力?!」
「しっ! 聞かれたらどないすんねん」
「誰に?」
「番頭さんにや」
かっちゃんは風呂場の入り口を、眉をひそめて睨んだ。
「ええか。スポンジには予知能力があんねん。身体が綺麗なときは、スポンジさんも喜んで、たくさん泡を作ってくれる。身体が汚いときは、スポンジさんは嫌がって、なかなか泡立たなくなってまうんや」
「へー!」
僕はいたく納得してしまった。
「僕、僕ね、あるよ、それ。学校でサッカーやって、泥んこになったんだ。そんときはよく泡立たなかった!」
「それみろ。スポンジには予知能力があるんや。きょうは悠馬の身体、ばっちいなあ、洗うの嫌やなあ、と思って、少しか泡立たなかったんや」
「それは番頭さんに知られたらいけないね」
スポンジに石鹸をこすり付けると、きょうはすぐに泡立った。
「かっちゃん、きょうはすぐに泡立ったよ」
「そらよかったな」
かっちゃんはもう身体を洗いに入っている。
「悠馬、背中洗っちゃろうか?」
「うん。お願い」
僕たちは背中を洗いっこした。
「かっちゃんの背中は広いなあ」
「せやろ。一昨日辺りから、急に広うなりよってん」
「嘘だあ」
「ほんまや。むくむく、むくむくって。俺、寝ててわかったもん」
かっちゃんとは湯舟のなかでもおもしろいはなしをいっぱいして、僕たちは風呂をあがった。