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生成効果

こんにちは、中嶋です。
久しぶりですね。

今日は私が大事にしている、このタイトルにも書いた生成効果について書きたいと思います。

生成効果ってなんなの?

自分で作り出したものの方が、ただ読んだだけのものよりも記憶に残りやすいという事象

って話です。

解を与えてもらうのではなく、解を解く力、そこから新たな問を見つける力だと思っています。

昔、ソクラテスが答えを教えることはしなかった。って話は有名ですが望ましい困難を見出しながらそこで失敗したとしても、自らの解決力を持ち取り組んでいくことが大事で、それはもしかしたら今失敗してしまうかもだけど、その繰り返しのサイクルから得た事の方が自らの解決力、解決実行力に繋がるのではないか? 

私自身、スクールでも、ボルクバレット北九州でも、自らもそこに身を置いてますし、選手にも、そういう大事さを話しています。YWTサイクルを回せって話もその中の一つですし、そうやって試行錯誤を主体的に取り組むことで得る力をまず持つことが大事だと思っています。勿論、そのために必要なのが心理的安全性であり、そこも創り出しておくことが大事です。

でも、親としても、コーチとしてもそうですが、簡単に策を渡して、こうやればいいのに、こうすればいいのに、これが流行りのやり方だ、こうするべきだ、が、強すぎると、策だけ持ってて解決力が無い社会人、大人、選手に成りかねません。

そうなると、策はあるけど、実際の解決力が無い選手になってしまい、もしかしたら少ない策しかない状態でも、その局面を解決していく力を持つ人のほうが勝てる事も多い状態になるかもしれません。

雨がいきなり降ってきたときに、濡れないことが優先なのか?  雨が降ったとしても早く辿り着くことが優先なのか? で、解決すべきは変わります。

傘を持っていきなさいって言われて持っていく子もいれば、お母さんが前の日にこっそり傘を入れてもらっている子も居るでしょうし、全くそんなことしてくれない親もいるでしょう。でも、それは策の一つであり…自らの体験から得た主体的な解決力に繋がりにくいと思うのです。

で、実際に雨が降り出した局面で、どう振る舞うか?  が、大事だと思ってて、そんなときに、策ではなく、もうその局面を解決しないといけないってなります。傘を忘れた事が悪いのではなく、傘を入れてくれてない親を恨むのではなく、レインコートを買ってもらえない事ではなく、雨が降った今を解決する力、策ではない力が必要なのです。

それは、時に不都合ですし、不快ですし、不安もあるでしょうし、ポジティブな要素は少ない事もあるでしょう。その中で実際解決していく力。

そんな力こそ、僕はとても大事なような気がしています。

策も、そりゃあった方がいいでしょう。でも、それ以上に大事なことは、どうにかして解決することです。

目的を遂行出来る力がとても大事なのです。それがすべてで、こうやろうと思ったとか、こういうアイデアがあるとか、こうした方が最新だではなく、その実行力、解決力が、全てだし、それが見える評価に繋がるのです。

そんな主体的で能動的なマインドや力を得るには、簡単に策を与えすぎないこと、策を見出すこと、自らやってみること、そんな生成効果から得たものの方が策としてではなく、実行力、解決力として活きるのではないかと思っています。

本来の目的が何なのか? why ? それが必要なのか?

目的と目標が大事で、策が目的や目標になっては策に溺れてしまい、本来解決すべき事も、策議論のみになってしまい、結果、問題課題解決出来てないという事になるし、逆に策に縛られてしまい、動けないってことにもなるかもしれません。

早く家に変えるのであれば、傘がないときは濡れて帰るという不都合も生まれます。でも、濡れられないので、濡れられない分、家に帰ることが遅くなるという不都合も生まれます。

そんなことも生成効果から学び得ておけば、その不都合と目的の調整も出来るような気がします。

目的が手段になってないか?
策を持つことが目的になってないか?
本当に大事なことを短期的な成功に囚われてないか? 

僕らが、常にVUCAの時代、VUCAなゲームの、短期的に成功に踊らせれないように、しっかりと目的を見定めて、生成効果を生み出しながら、成長や成果に繋げていきたいと思っています。

長々となりました。笑 
また、書き綴ります。

ではでは

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TAKAYUKI NAKASHIMA
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