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【大人の流儀 伊集院 静 心に響く言葉】 Vol.40

大人の流儀

 伊集院 静さんの『大人の流儀』から心に響く言葉をご紹介します。私は現在『大人の流儀』1~10巻を持っています。このうちの第1巻から心に響く言葉を毎回3件ずつご紹介していこうと考えています。全巻を同様に扱います。

 時には、厳しい言葉で私たちを叱咤激励することがあります。反発する気持ちをぐっと堪え、なぜ伊集院さんはこのように言ったのだろうか、と考えてみてください。しばらく考えたあとで、腑に落ちることが多いと感じるはずです。

 帯には「あなたのこころの奥にある勇気と覚悟に出会える。『本物の大人』になりたいあなたへ、」(『続・大人の流儀』)と書かれています。

 ご存知のように、伊集院さんは小説家ですが、『大人の流儀』のような辛口エッセーも書いています。



「人生、いたるところに旅がある」から

伊集院 静の言葉 1 (118)

 数日前、仙台駅から新幹線に乗り、私の席を見ると隣に茶褐色の男が座っていた。
-----今日は上野まで外国の人と一緒か。
 私が席に近づくと、その人が立って若い外国人と席を替ろうとした。私は二人に自分の席を指さし笑った。茶褐色の男と目が合い、お互いが笑い合った。
-----あれ、この人どこかで見た。知人か?
 もう一度相手を見るとサッカーのペレだ。
-----おう、ペレか……。
 サッカーに興味がない私でも”世界のペレ”、”サッカーのキング”は知っている。
 その日、東京に着くとすぐに文学賞の選考会があるため、候補作を読みはじめた。
 やがて車内販売がやってきた。ペレたちは興味ありげに商品を覗き、通訳の女性が背後からランチを摂りましょう(勿論、ポルトガル語ですぞ)と言った。するとペレがひとつの商品を、これがいい、と言って取った。
-----何か好物でもあったのか?
 見ると、それは”柿ピー”だった。ペレは無造作に袋を破り、右手一杯に”柿ピー”を注いで口の中に入れ、音を立てて食べた。
-----そうか、ペレは”柿ピー”が好きか。

大人の流儀 2 伊集院 静                               




「人生、いたるところに旅がある」から

伊集院 静の言葉 2 (119)

 弁当は栗御飯弁当だったが、隣のブラジル人が手にした”牛タン弁当”が紐を引くと熱くなるのに興味を示して、上ブタに手を伸ばして触れ、喜んでいた。
 ”柿ピー”と栗御飯を一緒に食べていた。
 上野に近づいた時、ペレが両足を前の壁(一番前の席なので)に靴のままつけた。
-----コラコラ、ペレ、足を下ろしなさい。
 そう言おうとしたら、彼は足の屈伸運動をはじめた。やわらかな動きだ。
-----さすがはペレだ。
 電車を降りて、この話を友人が信じるだろうかと思った。
 翌日の新聞を見ると東北の震災に祈りを捧げにペレが来た記事が写真入りであった。
 ”柿ピー”を食べていたペレがよみがえった。
「母さん、ペレが……」
「静かにしなさい」

大人の流儀 2 伊集院 静                               



「大人が口にすべきではない言葉がある」から

伊集院 静の言葉 3 (120)

 弟は十七歳の夏、瀬戸内海で海難事故で亡くなった。その経緯はいろんな所で書いたので、ここでは書かないが、母にとっては何事にもまして切ない出来事であった。
 母は今でも弟の写真の前に線香を立て、菓子などを置き、御歳おいくつになられましたか、と笑って訊く。いつも明るい素振りでそう口にするのは彼女の性格なのか、他の子供たちの手前そうしているようにも思える。
「詮方ないことを口にしなさるな」
 母は私にそう教えた。
 それを口にしても、言った当人も聞いた者も、どうしようもないことを大人は口にすべきではないという教えである。
「一度、言葉を噛んでから口にするものだ」
 父はそういう言い方をした。
 世の中には、そういう類いの言葉があるものだ。それでも人は切なかったり、口惜しい時にそれを言葉にする。
 言わずもがな、、、、、、とも言う。

大人の流儀 2 伊集院 静                               



出典元

『大人の流儀 2』(書籍の表紙は「続・大人の流儀」)
2011年12月12日第1刷発行
講談社



✒ 編集後記

『大人の流儀』は手元に1~10巻あります。今後も出版されることでしょう。出版されればまた入手します。

伊集院静氏は2020年1月にくも膜下出血で入院され大変心配されましたが、リハビリがうまくいき、その後退院し、執筆を再開しています。

伊集院氏は作家にして随筆家でもあるので、我々一般人とは異なり、物事を少し遠くから眺め、「物事の本質はここにあり」と見抜き、それに相応しい言葉を紡いでいます。

🔷 「一度、言葉を噛んでから口にするものだ」

この言葉の意味することは、思いついたことを間髪をいれずに口にすると、間違ったことやその場にふさわしくないだけでなく、迷惑をかけることがあるということです。

早口でまくし立てる人は、頭の回転が速いと言われることがありますが、TPO(時・場所・場合)によります。

相手を疲れさせるという面もありますね。自分だけ喋って、他の人の話を聞くのが嫌いなのかもしれません。他の人が話す機会や時間を奪っているのです。故意か過失かを問わず。

私は早口で話すことができませんので、言葉を選んでというと言い過ぎですが、できるだけ相手の方にわかるように、また相手の方から返答が来るように心がけています。

いつでもおもいやりの精神は大切ですね。

「話し上手は聞き上手」と言いますが、なかなか難しいです。



🔶 伊集院静氏の言葉は、軽妙にして本質を見抜いたものです。随筆家としても小説家としても一流であることを示していると私は考えています。


<著者略歴 『大人の流儀』から>

1950年山口県防府市生まれ。72年立教大学文学部卒業。

91年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞、92年『受け月』で第107回直木賞、94年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。

作詞家として『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』などを手がけている。







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