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【五木寛之 心に沁み入る不滅の言葉】 第9回
『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之講演集
五木寛之さんの『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』から心に沁み入る不滅の言葉をご紹介します。
五木さんは戦時中から特異な体験をしています。
「五木さんは生まれて間もなく家族と共に朝鮮半島に渡り、幼少時代を過ごしました。そこで迎えた終戦。五木さんたちは必死の思いで日本に引き揚げたそうです」(「捨てない生活も悪くない」 五木寛之さんインタビューから)
今年9月に90歳になるそうです。今日に至るまで数多の体験と多くの人々との関わりを掛け替えのない宝物のように感じている、と思っています。
五木さんは広く知られた超一流の作家ですが、随筆家としても、講演者としても超一流だと、私は思っています。
一般論ですが、もの書きは話すのがあまり得意ではないという傾向があります。しかし、五木さんは当てはまらないと思います。
「誰のために」から
五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 1 (25)
私たちは、ボランティアをするにしろ、布施行をするにしろ、人から強制されたり、あるいは嫌だなと思いながらする必要はなにもありません。
そうではなく、どうしてもそうせずにはいられないような心持ちに追いこまれたとき、文字通り、私たちはボランティアをしたり、布施行をしたりするわけです。
(中略)
ボランティアは人を救うことではない。自分が救われることなのだ。布施行は自分を救うためにやらせていただくことなのだ。
「歓びノート」から
五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 2 (26)
自分自身のことを振り返って考えると、ちょうど四十代の終わりの頃から五十代の初めにかけて、なんとも言えず心萎える瞬間がずっと続いたことがありました。
大変慌ただしい仕事の最中だったのですが、思いきって仕事をやめて、休筆と称し三年ほど第一線から退きました。そして若年寄風に京都へ移転して、そこで日を送ったわけですが、その三年間の間に、自分流に少しずつ心萎える期間から立ち上がっていく工夫はやはりしていました。
そのなかで、今考えてもとても効果があったと思う、あるいはこれは役に立ったと思うことは、小さなメモ帳のような、日記とまではいきませんが、ノートをいつも座右に携えていることでした。
「歓びノート」から
五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 3 (27)
一日にたったひとつでいいから、なにかすごく嬉しかった、心華やいだな、ちょっと感動したな、という瞬間を覚えておいて、それを夜寝る前に繰り返し思い出しては、そのメモ帳に、短く一行書き記すという方法なのです。
私はこれを「歓びノート」と称しておりました。
たったひとつでもいい。一日のうちになにかひとつ、ちょっとでもいいから嬉しかったそのことを書く。
こういうことがあってすごく嬉しかった。この一行だけなのです。二つも三つも書こうと欲を出さずに、たった一行だけ。
出典元
『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』から
2015年10月15日 初版第1刷発行
実業之日本社
✒ 編集後記
『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』は、講演集ということになっていますが、巻末を読むと、「2011年8月東京書籍刊『生かされる命をみつめて』『朝顔は闇の底に咲く』『歓ぶこと悲しむこと』に加筆の上、再構成、再編集したものです」と記載されています。
裏表紙を見ると、「50年近くかけて語った講演」と記されています。それだけの実績があります。
🔷 今回の文章を読んで、大変驚きました。
五木寛之さんほどの人物でも、心が萎えて休筆した経験があったことに対してです。しかも三年もの間、第一線から退いていたとは。
五木さんにどのようなことがあったのか知る由もありませんが、相当に衝撃的な出来事があったのでしょう。
休筆していた間に、一日に嬉しかったことを一行だけ書く「歓びノート」を始めました。この「歓びノート」を書き記すことによって立ち直ることができたのです。
この三年間を無為に過ごすことなく、いろいろと考えた末に思いついたのが、「歓びノート」だったのでしょう。
この三年間は無駄なことではなかったのです。
🔶 五木寛之さんの言葉は、軽妙洒脱という言葉が相応しいかもしれません。軽々に断定することはできませんが。
五木さんの言葉を読むと、心に響くという言うよりも、心に沁み入る言葉の方が適切だと思いました。
しかも、不滅の言葉と言ってもよいでしょう。
著者略歴
五木寛之ひつき・ひろゆき
1932年福岡県出身。早稲田大学露文科中退。67年、直木賞受賞。
76年、吉川英治文学賞受賞。
主な小説作品に『戒厳令の夜』『風の王国』『晴れた日には鏡をわすれて』ほか。
エッセイ、批評書に『大河の一滴』『ゆるやかな生き方』『余命』など。
02年、菊池寛賞を受賞。
10年、『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞受賞。
各文学賞選考委員も務める。
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