「バグ・ストーリー」第3話
カタルが理人の夢に現れて2日目。
「かつての自由だった世界を取り戻す」と決意した理人だが、篤のことや母の話について長らくカタルと話し込んでいるうちに時間が過ぎていった。
「今日はずっとしゃべっていたような。もう5時間くらいたったんじゃない?」
「本来なら夢に時間なんて関係ないんだけどね。キミの中では時間の概念が強いから、キミが5時間というならば、5時間経っているというととだ」
「ふうん? よくわからんが、そろそろ夢喰いが来るんじゃねえの?」
「そうだね」
「よし」
張り切る理人だったが、大事なことを思い出した。
「で、どうやって倒すの?」
「昨日はキミが意図せずに勝手に倒したから……今日からが本番だ。ここは夢の中だから、キミのイメージが世界のすべてだ。ここしばらく、キミの夢を見させてもらったが、想像力の幅はハンパないから鍛えれば強くなるだろう。たとえば……この場所とかね」
カタルは周囲を見渡した。
そこは空中に浮かぶ、小さな島だった。運動場くらいのサイズで周りには雲が広がっている。中央には、いつのまにか格闘技を着てハチマキをしめた理人がいた。
「これはどういうイメージなわけ?」カタルが聞いた。
ここは理人の夢の世界。つまり理人がイメージしたものは瞬時に具現化する。本人が意識的か無意識なのかは関係ないので、無意識に刻み込まれたイメージが現れることのほうが多い。特に、今は。
「修行といえばこれじゃないの?」
ガードの構えをした握りこぶしを、ボクシングのようにシュンシュンと差し出す理人。これが理人の「修行」というキーワードにまとわりついたイメ―ジだった。
「まあ、キミの気分が上がるならいいんじゃないの」
「へへ」
カタルのいうとおり、気分は上々だった。
「しかし、キミは直感型のようだ。だいたい、自分が夢喰いを倒したとき、何をどうしていたのか覚えていないだろう? キミは意識してあの力を出していない」
カタルは少し難しい顔をしていった。
「わかった、がんばってみるよ!」
褒められたと勘違いした理人は、がぜんやる気を出した。
「うおお」
もっともらしいポーズを決めて何やら踏ん張っている。
カタルは諦めてしばらく見守ることにした。
理人はやる気も素質も申し分ない。過去にもこういう”バグ”たちはいた。しかし彼らはほとんどが消えていった。いまも理人以外の候補者はいるが、まだ未熟でモノになるかは本人次第。消えたものの中には、自ら諦めたもの、暴走をして自滅したもの、他者を巻き込み脅威と化したため、強制終了させられたものもいた。
みんな、最初はやる気や使命感に満ちていたのに、どこで道を踏み外したのだろうか。何がいけなかったのだろうか。新しいケースに出会うたび、カタルは学習していった。そんな経験を踏んで出会ったのが、理人だった。
理人に希望があるとすれば、大義名分にすがらず、自らの希望に邁進しているところ、といえるだろう。それが吉と出るか凶と出るか。
「カタル!」
理人の呼びかけにカタルは我に返った。
「何もできないんだけど」
ただ力んでいただけで疲れた理人は、ゼイゼイと肩をゆらした。
「前は普通に飛んでたのにね。頭で考えると、それすらできなくなったか。直感型ならではともいえる」
カタルは理人の特徴を分析した。
「本当だ! オレ飛んでない」
ショックを受ける理人。
「眠りが浅いのかもしれないな。今日のキミは、夢を持ち越せたおかげで記憶が残っているが、その代わりに、夢がリアルに少し引っ張られている。リアルでは飛べないことを理解しているからね。今の状況で、『飛べるはずだ』って力んだところで、飛べない自分を強化するだけだ。なにごともリラックス、リラックス」
カタルは「すー、はー」と深呼吸のフリをしてみせた。
「なるほど」
すぐにやってみるが、ぎこちない。寝転がったり背伸びをしたり、どこで覚えたんだか、ヨガのマネゴトをしてみるが、まだガチガチだ。理人は疲れて地面に転がった。
「ああ、お腹が空いた。イチゴが食べたい。甘酸っぱいやつ……」
自分で言って言葉でハっとする理人。
「オレ、イチゴ好きだった」
昔、幼少期の頃に、母とイチゴ狩りに行ったような──。
「あ、イチゴだ! うまそう!」
突然、カタルが叫んだ。
「なに!?」
飛び起きてカタルが指さす方向を見ると、いつの間にか現れた遠くの森に、赤くてつややかな大振りのイチゴが鈴なりになっているのが見えた。
イチゴは「こっちにおいで」とでもいうように、優雅にユラユラと揺れている。
「イチゴ!」
飛び起きるやいなや、瞬間移動かと思うほどのスピードでイチゴの森に到着。今までに見たこともないほど美しいイチゴをかたっぱしから食べた。森中のイチゴを食べつくすと、理人はひっくり返って恍惚に酔いしれた。
「なんでイチゴがこんなでっかい木に鈴なりになってるんだよ。しかも巨大」
いつの間にか追いついたカタルがいった。
「カタルが教えてくれたんだろ」
何をいってるんだと言わんばかりに、理人は呆れた。
「違うよ、キミが勝手に作り出したんだよ」
「えっ?」
「わたしは『イチゴがある』といっただけだよ。そこで欲張りなキミはイチゴの森を生み出したわけ。で、すぐに食べたいがために、飛んだわけ」
「あ、ホントだ」
自分がしたことにいまさら理人は驚いた。
「なるほど……近づきたい対象物がある。そこに移動している自分がいるのを瞬間的にイメージしたんだ」
「そうそう」
理人は改めて立ち上がると、肩の力を抜くと目をつむった。
まぶたの裏にカタルを映す。そこにいる自分──。
次の瞬間、理人はカタルの背後にいた。
「うわっ。わたしの背後を取るな」
カタルは心臓が飛び出るほど驚いた。「しかもこんな近距離で」
確かに、先ほどいた場所から1メートルほどしか移動していなかった。
「少しわかった気がする」
理人は何かコツをつかんだらしい。
「飲み込みが早い……。じゃあ、一緒に練習してみようか。わたしが瞬間移動をするから、そこにイチゴを出現させるんだ」
「了解」
その瞬間、カタルは消えて少し離れた上空に現れた。
「イチゴ!」
と叫ぶと同時にカタルは消えてイチゴが現れる。空中に現れたイチゴに、近くを飛んでいた鳥が驚く。しかし、イチゴだと認識するとつついて食べた。「おいしい」といわんばかりに目を輝かせる鳥。
そんなことに気づくこともなく「カタルがいない……」とキョロキョロする理人。
「こっちだ」
後ろから聞こえる声に振り向く理人。
「イチゴ!」
イチゴが出現した代わりに、カタルは消えた。先ほどの鳥が「やったね」とばかりにうれしそうに飛んできて、またついばむ。
【カタル移動 → イチゴ出現 → カタル消える → 鳥が食べる】
という一連の動作を繰り返す。夢中になる理人だったが、カタルは少しずつスピードを上げ、大きさも変化させていた。
イチゴを追いかけまわす鳥は最初1羽だったのが、いつのまにか種類の違う大量の鳥が飛び交って競争になっていた。あまりに大量なため、風が巻き起こり、空がゴウゴウとうなる。時折、空中に浮かぶ、かわいらしいイチゴはその背景に似つかわしくなかった。
「しっかりついてこい!」
「当たり前だ!」
ますますのめり込む理人に仕掛けるカタル。理人はある種、「ゾーン」に入っていた。過集中で神経が研ぎ澄まされる。
「これでどうだ!」
カタルが叫ぶと同時に黒くて巨大な影をとらえる理人。
振り返るとともに叫んだ。
「イチゴ!!」
カタルはすぐに消えるはずが、この時に限って影は消えようとしない。
「カタル!?」
ひときわ巨大なイチゴとそれとほぼ同じサイズの黒い影が重なる。
そこへ一斉に鳥がめがけていく。
「危ない!!」
猛スピードで突っ込んでいく鳥たちが塊と化し、巨大イチゴと黒い影に突っ込むと、大爆発を起こした。
「カタル!!」
逃げ遅れたと思った理人は叫んだ。
「なんだ」
のんびりしたカタルの声が横から響く。
「あれ? どうして?」
状況がつかめず、カタルと爆発現場を交互に見比べる理人。
「あの影は夢喰いだよ」
「え? ……そうだったの?」
「キミが集中していたから、これを利用しない手はない。夢喰いが現れたタイミングでわたしがそこに移動したのだ。思惑通り、キミは夢喰いのいる場所にイチゴを出現させた」
鳥たちも長らく二人の様子を見ていて、カタルが現れた後にイチゴが出てくることをわかっていたので、二人に合わせるように反応を速めていたのだ。数も増えてスピードも増したため、それがぶつかったときの威力は、夢喰いを消滅させるのに十分だった。
「またも図らずして倒したというわけ。今日は初級編だから、とりあえず、これでいいだろう」
「えー」
”戦いらしい戦い”というものに憧れていた理人はガックリと肩を落とした。