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「バグ・ストーリー」第2話

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翌日の理人は上機嫌だった。


何しろ、「昨日見た夢を持ち越して覚えている」という非日常を知ってしまったのだ。退屈だった世界は、一遍してバラ色へと変わった。


浮かれ気分でいたが、しかし、ふとカタルを思い出す。


────

「リアルの世界ではくれぐれも行動に注意するように。管理者の部下は日常にも潜んでいるから、バグが見つかればただちに対処するはずだ」


カタルによると、夢の世界では、夢喰いさえ倒すことができれば、管理者へ報告がいかないよう、カタルでプログラムを書き換えることができるという。

分かりやすくいいかえると、家に来た本物のスパイを倒すことさえできれば、実物さながらの偽スパイをこちら側で作り、さも仕事を全うしたかのように帰すことで事実を隠蔽できるようなもの、らしい。


夢にいる間は<夢喰いの撃破>に集中すればいい。しかしリアルは違う。


「お前みたいなちいさなバグは日々修正されているからな」
とカタル。


「ちょっと待って。オレ以外にもバグはいるの?」


「もちろん、世界でキミ1人なんてことはない」


理人はガッカリした。

「自分が選ばれしヒーローと思ったか?」

理人の思考を読んだかのように、カタルはいった。


「違うの?」

「ある意味ではそうとも言えるが、ある意味では全く当てはまらない。なぜなら、すべての人間にその素質はあるから。キミがヒーロー気質が強いのは確かだが、唯一無二ではない」

「じゃあどうしてオレのもとへ来た?」

「素質がある人間をスカウトするのは普通だろう。不満か?」


「いや……でも選ばれしヒーローの方がテンション上がるじゃん?」
理人はちょっとすねた。


「それじゃダメなんだ」
理人に聞こえないように、カタルは小さくつぶやいた。


────


翌日のリアル世界。


学校の休み時間、理人は達樹と雑談をしていた。


「例えば、このリストリアが1073年じゃなくて、まだ始まって3年だったらどうする?」
理人はどうでもいいような雰囲気を出しながら、達樹に問いかけた。

「ええ?」

「もしもの話だよ。オレたち、人工授精で生まれたって言われてるだろう? それが実は、ちゃんと父親と母親の元で生まれたとしたら」


「あはは。それって大昔の話でしょ?」
あり得ない冗談を聞いたかのように、達樹は笑った。


「だよな」

昨日までの自分だったら、きっと達樹と同じ反応をしていただろう。昨日知った事実をしゃべるわけにはいかないので、それ以上は口をつぐんだ。

「ところでさ、マリアがコンサートするって知ってる?」
達樹が違う話題をふると、二人はすぐに興味を移した。


その横では、クラスメイトの胴木篤|《どうぎあつし》が机につっぷしていた。二人とは逆の方向を向いてウトウトとしていたのだが、偶然耳に入った理人の言葉に反応していた。


──自分は人工授精で生まれたのではなく、本当は両親がいるのかもしれない──だと?


篤の脳裏に、映像が浮かぶ。ノイズの入った古いテレビのような、不明瞭な画像だ。大人の男女の間に自分のような姿がある。女性の腕には小さな子どもが抱かれていた。これは何だろう? とカメラのピントを合わせるように画像を揺らし、ノイズを少しでも軽減しようと調整する。

先ほどよりも少しマシになった映像をもう一度確認した。顔は良く見えないが、これは両親と自分と妹だ。


自分は4人家族の長男だった。今とは全然違う世界に住んでいたのだ。篤は確信した。


放課後、篤は真鍋を探し、廊下で見つけると「先生」と呼び止めた。


そこはちょうど談話室の横にある廊下。窓際の席で一人時間をつぶしていた理人からよく見える場所だ。なんとなくそちらの方に目をやった理人は、普段と違う様子の篤にくぎ付けになった。普段はトロンとした目をしているのに、大きく見開かれて血走っている。

「真鍋先生。古代史はウソなんですか? ぼくには両親がいるはずです。リストリアの歴史が始まって以来、誕生する子どもは人工授精ってウソですよね」


「いきなり、どうした? 勉強しすぎか?」
真鍋はめんくらったが、少し混乱しているのだろうと考えた。


「茶化さないでください、先生。思い出したんです。ぼくはサラリーマンの父と専業主婦の母、生まれたばかりの妹もいたんだ」

イライラしてきた篤は言葉が荒くなってきた。


何かを察した真鍋は一瞬、鋭いまなざしをしたが、朗らかな顔に戻すと
「続きは部屋で聞こう」
と篤の肩に手を置き、篤の移動を促すと二人してその場を去っていった。


二人が立ち止まったのは保健室の前だった。
「先生? どうして──」



状況が呑み込めない篤を部屋に入れると、真鍋は部屋にいた田上なつみに声をかけた。なつみは振り向いて真鍋とアイコンタクトをとると、すぐに状況を理解する。



「田上先生、よろしくお願いします」


「はい」
なつみはにっこりした。


「真鍋先生?」
いぶかしげにする篤の横には、いつの間にかなつみが立っていた。


「困った子ね。ちょっとだけ眠ってね」
というと、細い針を篤の腕にチクリと刺す。途端に篤は膝から崩れ落ちた。なつみは慣れた手つきでさっと篤の身体を抱えると、保健室の奥に向かった。壁のスイッチを押すと小さいエレベーターが開く。そこに篤を横たえた。


「戻ってこれると、いいわね」
冷たいような、しかしほんの少し苦しそうな声が篤を見送った。



────


数時間後。理人は達樹と一緒にいた。

「篤が急病で倒れたらしいよ」


達樹が何気なくいった一言に理人は驚いた。

「さっき、元気な姿みかけたばかりだけど??」


「なんだろうね。持病でもあったのかな。早く元気になるといいね」
達樹は特に疑問に思っていなかった。


たしかに、篤は様子がおかしかったが、何か発作が起こった風でもなかった。それよりも気になるのは、真鍋が一瞬だけ見せた鋭いまなざしだ。
理人は胸騒ぎがした。


────


就寝後。


夢の中の理人はカタルに今日の出来事を話した。

「篤に何が起こったんだろう?」


「彼はキミのせいで、記憶を徹底的に抹消されたんだろう。廃人同然になってしまうから、これまでの生活は送れない可能性が高い」


「えっっ?」


「理人、何か余計なことをしなかったか?」


「そういえば……」

達樹にリストリアの話をしたことを思い出した。そういえば、隣の席に篤がいたような気もする。
「あれを聞いていたのか? でも、軽いたとえ話をしただけだから関係ないよ。実際、達樹には何も起こらなかったし」


「人によって反応するポイントは違うからね。篤くんは敏感なタイプなんだろう。キミの些細な言葉がトリガーになったのさ」


「まさか」


「だから言ったろう? リアルでは行動に注意しろと」


理人は、自分の不注意が他人の人生を左右するなど、想像だにしなかった。自分は篤のすべてを奪ってしまったというのだろうか。だとすれば、世界を救うヒーローだなんて思い上がりも甚だしい……。


「今なら引き返せる。すべてを忘れて今まで通りの生活に戻るか?」


「オレがいなくていいの?」


「キミの物語を夢喰いに食らわせて記憶を抹消したら、別の適任者を探すまでだ」
どこまでも冷静なカタル。


「代わりはいくらでもいる、か……」理人はため息をついた。


「そこまで言うつもりはない。しかし、この程度で心が折れるようでは、長く続かない」カタルは苦い過去を思い出しながら言った。
「ヒーローに憧れるだけじゃ、だめだ。大義名分を背負うのは、自尊心をくすぐるだろう。しかし、自分から遠い目標は、場合によってはもろく崩れやすい。だから、キツイようであれば早めに決断するのが、自分や周りのためでもある」


「オレは……」

自分がどうしたいのかが分からず、途方に暮れて地面を見ていると、ポンと花が咲いた。淡い紫色の可憐な花だ。理人のイメージが生み出した。

「母さん……」
無意識にことばが出た。「そうだ、これは母さんが好きな花……な気がする」


「キミは夢でその花をよく母にプレゼントしていた」
カタルは理人の夢を見て知っていた。


「そう、オレには母さんがいる。でもイメージしても肝心なところが浮かばない。オレは夢の中じゃなくて、リアルの世界で花を渡したいんだ。世界なんて大げさなものじゃない。個人的な、些細なことだったんだ。こんなオレが世界をどうにかするなんて、ダメだよな……」
こんな理由で動くヒーローなんているものか、と理人は思った。自分にはふさわしくない。


「いや、それでいい。大げさな大義名分を掲げるより、よほど身に迫った切実な思いこそが世界を動かす力になる」
カタルは優しくいった。


「え?」


「それ、いいんだよ。原動力はなんでもいい。それが本人にとって力強い真実ならば」


「マジ?」


「マジ」
カタルはうなずいた。


「そっか、これでいいんだ……そうだよな、世界のため、人類のためなんて、言いたいけどオレには言えない。悔しいけど、オレは普通の平凡な人間だ。でも、目の前につかめそうでつかめない希望を見つけた。母さんを見つけたい。これなら、絶対にあきらめない自信がある」
理人はみるみる自信を取り戻す。
「よっしゃ!! じゃあ、母さんのついでに世界を変えてやるぜ!」


「”ついで”って……軽いな」
カタルは今後を少し心配した。




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あらすじ




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