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軍事社会学の基礎を築いた古典的著作『軍事組織と社会』の紹介
社会学と軍事学をまたがる学際的な研究領域に軍事社会学(military sociology)という学問があります。この学問ではさまざまな研究が行われていますが、主として軍隊という組織の成り立ちや、社会との関係を分析しています。ポーランド出身の研究者スタニスラフ・アンジェイエフスキーの著作『軍事組織と社会(Military Organization and Society)』(1954)は、この軍事社会学の古典的な著作であり、すでに日本語で読まれています。
研究アプローチとしては歴史社会学のそれであり、時代や地域が異なる歴史的事例に見出される軍事組織の特徴をさまざまな角度から比較し、独自の因果推論を展開しています。ここでは軍隊の規模と形態に関する議論を中心に紹介してみましょう。
軍隊の規模はどのように決まるのか?
時代、地域、状況によって社会における軍隊の規模はさまざまに異なりますが、その変化を何で説明することができるのかは軍事社会学の重要な研究課題の一つでした。この問いに答えるために、アンジェイエフスキーは社会にとっての最適な軍事参与率を考察しています。軍事参与率とは、アンジェイエフスキーの理論で使われる独自の用語であり、一国の総人口に占める軍事要員の比率として定義されています。
単純化のために対処すべき脅威の水準が一定だと仮定すると、最適な軍事参与率を決める要因は有効な軍備を整えるために必要な費用負担の重さと、兵力を移動させる速度を左右する交通手段の二つだとアンジェイエフスキーは主張しています。
一国の支配者は予算の制約に直面しているので、軍隊を整備するとしても、装備品の調達価格が増せば、それだけ軍隊を小規模化せざるを得ません。そのような場合、高い専門技能を有する職業軍人を重用する必要が出てきます。また、交通手段を活用できれば、広大な戦域に兵力を適時、適所に機動展開できるので、これも所要兵力の削減を促す要因となります。
ただ、最適な軍事参与率がそのまま軍隊の規模を規定するとは限りません。政治的な思惑で現実の軍事参与率が押し下げられる場合があるためです。武力が恐るべき権力資源となることを考慮すると、支配者の地位にある人々にとって被支配者である大衆を大規模に軍隊に組み入れることには政治的に避けるべきことです。そのため最適な軍事参与率を達成できない場合があります。
19世紀のヨーロッパの軍事史を振り返ると、確かにフランス革命戦争、ナポレオン戦争を通じて一般徴兵制度が軍事的動員に有効であることが確認された後も、それが列強の間に普及するまでに若干の時間がかかったことが分かります。アンジェイエフスキーはオーストリアが国内の貴族の既得権を保護する観点から、徴兵制の危険性を強く主張し、1815年のウィーン会議でその規制を訴えたことを紹介しています(90頁)。
軍隊の形態はどのように決まるのか
アンジェイエフスキーは、軍隊の形態も国防上の必要性だけで決まるわけではなく、さまざまな社会的影響を受けることを説明します。アンジェイエフスキーは著作の中で数多くの研究者の成果を取り入れていますが、この論点に関してもさまざまな学説を組み合わせようとしています。
例えば、イタリアのガエターノ・モスカは、19世紀以降のヨーロッパ諸国の軍隊では、将校に社会的な地位が相対的に高い紳士を充て、下士官や兵に「浮浪者から集められる義勇兵」と「農民からの徴募兵」を充てたことに注目し、このような社会階層別の分離を前提にした人事制度を導入したことで、軍隊が一致団結して国家に反逆する事態を未然に防ぎ、政治的な統制が容易になる効果があったと述べています(138頁)。ただし、これでは能力本位の人事運用が妨げられるため、軍隊を優秀な職業軍人で構成し、戦闘効率を向上させる取り組みは妨げられます。
ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは軍隊の形態は装備の支給と報酬の支払いによって左右されると考えました。もし装備を自ら調達する必要があれば、軍隊における兵士の独立性は強化され、それだけ規律は悪化すると考えられます。報酬に関しても同じような傾向があり、十分な報酬を支払うことができない軍隊は兵士の忠誠心を維持することは困難であり、現物の給付などに頼り始めると、中央の監視が行き届かないために、地方に配備された部隊に対する統制が著しく劣化するとも考えられます。
アンジェイエフスキーは軍隊の形態はその国の権力の分布に影響を及ぼし、内乱が成功する確率を変化させることについても議論しています。もし貴族階級が支配者としての地位を独占している国家で、平民を大規模に徴兵し、しかも下士官、兵から優れた人材を将校に任命するようになれば、それは貴族と平民の権力関係を変化させ、革命が発生するリスクを高めると考えられます(209頁)。政治体制の大規模な変動に繋がる革命に軍隊の形態が関係するという指摘は、社会学だけでなく、政治学にとっても重要な知見です。
アンジェイエフスキーの理論は示唆に富むものではあり、既存の研究成果を巧みに統合し、一つの著作にまとめています。しかし、あらゆる議論が理路整然と展開されているわけではなく、実証的な側面でも難点が見られます。例えば、彼は軍事組織の服従度と凝集性を厳密に区別しながら類型化できると論じていますが、彼自身が認めているように、これらの要因には相関性があります。したがって、軍隊の服従度と凝集性を厳密に区別した類型を設けることは適切ではありません。軍事参与率に比べて服従度や凝集性は定量的に測定できないことも実証上の問題として指摘できるでしょう。
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