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「戦略とは、臨機応変の体系であり、客観的な科学などではない」

ヘルムート・フォン・モルトケ(1800~1891)はデンマーク戦争(1864)、普墺戦争(1866)、普仏戦争(1870~71)でプロイセン軍が勝利を収めることに大きく貢献した軍人です。

19世紀のドイツを代表する軍事思想家であり、今でも多くの研究者が注目しています。実際、モルトケの思想にはオリジナルな要素が数多く盛り込まれており、カール・フォン・クラウゼヴィッツ以降の戦略思想史を辿る上で避けては通ることができない重要な人物です。

今回は、モルトケの遺稿をまとめた『軍事著作集』(1892~1912)の中でも特に有名な論稿の一つである「戦略」(1871)を取り上げ、その要点を紹介、解説してみたいと思います。戦略というものに対するモルトケの理解の仕方はとても実際的であることに驚かれるのではないかと思います。

戦略とは臨機応変の体系である

モルトケは軍事学の研究動向に多大な影響を与えましたが、彼自身は学者としての名声に興味はありませんでした。彼は戦場で利用できる価値がない概念や理論を拒み、軍人らしい実用主義の態度を生涯にわたって貫きました。その確固とした姿勢は次の議論からも読み取れます。

「戦略は臨機応変の体系である。戦略は単なる客観的科学などではない。知識を実際の生活に適用することが戦略である。絶えざる状況の変化に応じて、元来の主題は補修が重ねられていく。戦略は過酷な状況という重圧の下、行動をする術である」(邦訳「戦略」『戦略論体系3 モルトケ』15頁)

これは軍人アントワーヌ・アンリ・ジョミニ(1779~1869)が広めた「戦いの原則」に基づく戦略理論を念頭に置いた議論として位置づけることができます。

ジョミニは敵軍の後方へ我が軍を進出させ、敵を基地から遮断する包囲機動を行うことによって、有利な時機、有利な場所で敵に決戦を強いることが科学的な戦略のモデルだと考えていました。彼はその戦略を実現する方法を「戦いの原則」としてまとめ、それに基づいて軍事理論を構築しています。つまり、ジョミニの研究では、戦略を「科学」と見なす思想が前提になっていたと言えるでしょう。

これに対してモルトケは、「技術」としての戦略を重視していました。というのも、モルトケはあらゆる理論はそのままでは現実の問題解決に適用できないと考えていたためです。人間が理論を解釈し、状況の特性に応じて適用することこそが重要なことであるという考えから、モルトケは「すべての戦略の価値なるものは、現実に応用されるところ」と主張しています(同上)。

このような立場からモルトケは、戦略家の資質について健全な「常識」がなければならないと主張しています。

優れた戦略家には「常識」が必要である

モルトケは戦略の基本は理論や原則ではなく、「健全な人間の常識」であり、しかも「戦略は基本的な常識の枠を超えるものではない」とさえ述べています(同上)。これらを一読すると、モルトケが戦略というものをあまりにも単純化しているように思えるかもしれません。

ここでモルトケが言わんとしていることは、戦争では問題を解決するために頼りになる一般的な理論や規則が存在しない、ということです。戦略が誰にとっても簡単なものであるという意味で理解すべきではありません。学生の頭に軍事理論を詰め込むような教育を行ったとしても、彼らにその学習の成果を応用する能力がなければ、実戦で役に立つことはあり得ないとモルトケは考えていました。

したがって、モルトケがここで「常識」と呼んでいるものは、その人に詰め込まれた知識の多さとは関係がありません。また、一般に人々が当然のこととして受け止めている普通の知識という意味で解釈することも困難です。ここで意識されているのは、完全に未知の状況が与えられた場合に、バランスよく問題を認識し、適切な解決を導き出すことができる総合的な能力であり、発想力、思考力、研究力の意味合いが込められています。

もちろん、モルトケは「常識」さえあれば事足りるとして、学問の意義を否定したわけではありません。モルトケは「常識」を育む上で学問をすることには利点があると考えていました。モルトケは次のように述べています。

「各時点において新たな状況をバランスのとれた感覚で理解すること、これにしたがって最も確実で無理のないことを、動揺することなく、しかも慎重に行うことが大切である。こうして戦争は術となる。いうまでもなく、多くの学の奉仕を受ける術である」(同上)

モルトケの議論は、戦略教育のあり方を考える上で示唆に富むものだと思います。というのも、モルトケの立場では、戦略に関する専門的な知識や理論を系統的に学ぶことは必ずしも重要なことではないためです。むしろ、兵棋、つまりウォーゲーミングによって多種多様な状況を学生に付与し、その問題を解決するようなこちらの方が有効であるとも考えられます。

参考文献

モルトケ著、片岡徹也編著「戦略」『戦略論体系3 モルトケ』芙蓉書房、2002年

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武内和人
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