
戦争の結果を予測できるのか? クラウゼヴィッツが否定的だった3つの理由
戦争が勃発すると、人々はその結果をさまざまな手法で予測しようとしますが、19世紀のプロイセンの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツは、戦争の結果を予測することは、非常に難しい試みだと考えていました。その理由は大きく分けると3つあります。
政治状況の違いで戦争の結果が変わる
第一に、クラウゼヴィッツは戦争では敵と味方の意志が相互に作用するものであり、その結果は政治状況によって変動する性質のものだと主張しています。例えば、同じ交戦国間で戦争が2度にわたって繰り返されたとしても、それらに対する民衆の反応は状況によってまったく異なったものになる可能性があります。クラウゼヴィッツはこのために、民衆の特性に注意を向ける必要があるとも論じています。
これは戦争に対する民衆が、どちらの交戦国の軍事的行動を支持するのかによって、戦争の結果が著しく異なってくると考えられるためです(『戦争論』1篇1章10節を参照)。もし民衆が戦争に対して、より積極的、能動的、活動的に協力しようとし、場合によっては国民総武装のような戦い方を採用するのであれば、表面的には国家間で使用された兵力がわずかであったとしても、戦争の範囲が拡大する恐れがあります(戦略の観点で見た国民総武装については過去の記事「非正規軍の作戦が成功する条件とは、クラウゼヴィッツの分析を紹介する」を参照)。
戦争は絶対に計画した通りに進まない
軍事学の研究者は、戦争が事前に計画した通りに進むことは絶対にないという性質を摩擦と呼んでいます。この概念を最初に提案したクラウゼヴィッツは摩擦の原因として、身体的な危険や疲労が重要であると述べましたが、戦争状態における情報の不完全性も指摘しています。
これは単に情報が不足しているという意味にとどまらないとクラウゼヴィッツは説明しています。つまり、戦争状態では正確な情報と不正確な情報が錯綜するので、どの情報を取捨選択すれば正しい認識が得られるのかが誰にも分からなくなるのです。戦争では、暗がりの中で物を眺めたときに、とても大きなものに見えたり、異様なものに見えるといった錯覚が頻繁に起こるとクラウゼヴィッツは説明しています。
また、クラウゼヴィッツは、恐怖に苛まれた人間には、物事の良い面よりも悪い面を信じやすい心理があると指摘し、このことが危険に関する情報の津波を引き起こすと述べています(1篇6章を参照)。摩擦は一つずつ取り出して調べると、ごく小さな影響しか及ぼさない些細な事象に見えるのですが、現実の戦争では無数の摩擦が同時多発的に発生するため、戦争の最中に何度も計画を修正することが必要になります。
必然ではなく、偶然が戦争を支配する
クラウゼヴィッツは、偶然こそ戦争の本質であると強調しています。戦争における人間の行動は常にリスクを考慮に入れて行われています。このような状況で適切な判断を下すことは難しく、指揮官は自分の常識、経験、あるいは直感に頼らざるを得なくなります。クラウゼヴィッツは偶然性に対処する上で確率に依拠することも一つの可能性として認めていますが、「厳密に数学的なものは」実際の戦争術に確固とした根拠を与えるものではないと考えていました(1篇1章20節、21節)。
むしろ、このような状況で行動の基盤となるのは勇敢さであり、クラウゼヴィッツはこれが偶然性に支配された戦争で行動力を維持するための資質だと見なしています(クラウゼヴィッツは戦争における勇気をどのように分析していたのか?)。凡庸な指揮官は、危険や責任から距離をとり、作戦室で戦況を想像しているときは辛うじて正しい結論に達することができますが、ひとたび戦況が動いて自軍が危険な状況に追い込まれると、不確かな状況で何をすればよいのか分からなくなり、必要な決定を下せなくなるものです(3篇6章を参照)。
まとめ
クラウゼヴィッツの見解に沿って、政治、摩擦、偶然という3つの要素の影響によって、戦争が思いもよらない結果になることを説明しましたが、彼が戦争のあらゆる側面が予測不可能だと考えていたわけではありません。
クラウゼヴィッツは全体として戦争の結果を予測することが難しいものであると考えていましたが、例えば戦闘に関する戦術的分析では、部隊を集中することで、敵に戦力比で優越することの重要性を説いています。これは戦略に対して戦術の領域では理論構築が比較的容易であるという彼の認識とも合致しています。
関連記事
いいなと思ったら応援しよう!
