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国際政治学の立場からボードゲーム『ディプロマシー』の特徴と、その問題点を考えてみる
20世紀に開発されたボードゲーム『ディプロマシー』、今でも高い知名度を誇る古典的作品です。『ディプロマシー』のテーマは第一次世界大戦であり、プレイヤーはイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリア、ロシア、トルコの7か国に分かれ、ヨーロッパにおける領土の拡大を目指して、外交交渉と軍事戦略を駆使しなければなりません(ルールの詳細はWikipediaでも解説されています)。
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大学における政治学の教育でボードゲームを利用する取り組みが広まったのは、おそらく1990年代に入ってからではないかと思いますが、当初から『ディプロマシー』は国際政治学の教育現場で教員と学生の双方から支持を受けてきました。日本でも一部の大学で教育に活用する試みが見られます(例えば、大正大学では2013年にプチ・レクチャーの教材として使われたことがあるようです)。
ただし、このようなボードゲームの利用においては、教育的な観点から注意を要する点も指摘されています。この記事は『ディプロマシー』が教育上、効果があることを前提にした上で、その限界を説明したいと思います。
国際政治学から見た『ディプロマシー』の特徴
国際政治学の立場から見ると『ディプロマシー』で採用されたルールはリアリズム、それも攻撃的リアリズム(offensive realism)の立場に準拠していることが指摘できます。『ディプロマシー』でプレイヤーに要求されるのは、自国の領土、特に補給基地が存在する領土を他国よりも大きくすることです。そのため、各国の利害は鋭く対立し、駆け引きと裏切りが基本的な戦略となります。同盟や友好関係を長期にわたって維持し、軍事的衝突を避けることは評価の対象となりません。
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このゲームでヨーロッパは56区の地域と19区の海域に分割されており、補給基地がある地域は34区あります。この補給基地の保有数が増えれば、その国は軍隊の保有数を増やせるルールがあります。そのため、プレイヤーは最終的な得点のためだけでなく、局面における軍事的能力の拡大を求めて領土を奪い合うように動機づけられます。戦闘の解決ルールの詳細については省略しますが、基本的に各国の軍隊は隣接した味方の部隊から、より多くの支援を受けるほど有利に戦闘を遂行できます。
このようなゲームのメカニズムは、国際政治学における攻撃的リアリズムの理論に依拠しています。とはいえ、『ディプロマシー』が開発されたのは1950年代であり、米国の政治学者ジョン・ミアシャイマーが『大国政治の悲劇』(2001)で攻撃的リアリズムの理論を提唱したことを考えれば、『ディプロマシー』は攻撃的リアリズムの基本思想を先に示していたとも言えるでしょう。
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ミアシャイマーの『大国政治の悲劇』では、国際政治において国家は基本的に自国の存続をより確かなものにするため、自国の能力をより大きく拡大しようとすることが前提とされています。軍事バランスによっては、防衛的な対外政策を選択する方が国家にとって合理的な状況もあるため、すべての国家が実際に侵略的な政策を採用すると考えられるわけではありません。しかし、国際政治の動向を支配する大国であれば、武力攻撃を選択し、勢力の拡大を図る傾向があるものと考えられます。
しかし、攻撃的リアリズムは学界の主流派から支持を受けている理論ではありません。近年の国際政治学の研究動向としては、各国の利害の対立を無条件に想定して理論を構築するのではなく、各国の政治体制の特性、社会経済の状況、政策決定に関与するエリートの属性などによって、その対外政策の方向性がさまざまに変化することが想定されています。『ディプロマシー』は従来のルールでプレイすると、国際政治に対する理解を一面的にする恐れがあるのです。
最初にも述べましたが『ディプロマシー』が国際政治学の教育において有用なボードゲームであることは確かです。利害が異なる多国間の連続的な交渉と、刻々と変化する軍事情勢を連動させることによって、『ディプロマシー』はプレイヤーに疑似的な国際政治を体験させます。このような体験は、国際政治の歴史を理解するための基盤になるだけでなく、学習者の主体性を重視したアクティブ・ラーニングの考え方にも合致します。
その限界も明らかである以上、『ディプロマシー』を教育に使用する際には十分な注意が必要です。これまでの研究成果では、一部のルールを変更することによって、『ディプロマシー』のメカニズムをより現実の国際政治に近づける可能性も示されてきました。以下ではどのような修正を加えればよいのかを説明します。
教育用『ディプロマシー』のルールの変更点とは
フィンランドのヘルシンキ大学教授であるMikael Mattlinは「21世紀の国際政治学の教育のために『ディプロマシー』のボードゲーム・コンセプトを受け入れる」と題する論文を2018年の『シミュレーション・アンド・ゲーミング』で発表しています。そこで彼は『ディプロマシー』を教育目的で使用する際に適用すべきルールの修正を提案しています。
Mattlin M. Adapting the DIPLOMACY Board Game Concept for 21st Century International Relations Teaching. Simulation & Gaming. 2018;49(6):735-750.
https://doi.org/10.1177/1046878118788905
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