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戦闘で敵と味方の優劣をどのように判断すればよいのか?

戦闘は一度に敵と味方の部隊が衝突して勝敗を決めるものではありません。特に陸上戦では、ある程度の時間をかけて優劣が明白になっていくのが普通であり、決着がつくまで数日、長い場合は数週間もかかることがあります。それを読み解くためには、どのような点に注意を払えばよいのでしょうか?

19世紀のプロイセン軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツは、戦闘に多種多様な形態があるものの、その基本的な目標が敵の戦闘力を撃滅することであり、これこそが軍隊の本来の任務であると考えました。そのため、彼の主著『戦争論』でも、戦争だけでなく、戦闘の分析に多くの紙面を割いています。

クラウゼヴィッツは戦闘の目標をもう少し厳密な表現で定義しており、それによると戦闘の目標は敵の戦闘力の減少が、味方の戦闘力の減少よりも相対的に大きくなることだと論じています(『戦争論』4篇4章)。

つまり理論的に考察すると、戦闘における戦果とは、敵に与えた損耗から、味方が被った損耗を差し引いたものであり、その交換比が敵と味方で1:1であれば引分、敵の損耗よりも味方の損耗の方が大きければ敗北、その反対であれば勝利と評価することができます。

ただし、ここで述べている損耗は、必ずしも戦闘力の物質的要素である人員や装備の損失だけを意味しているわけではありません。戦闘力の精神的要素である士気、規律、団結の喪失も損耗として考慮しています。

軍隊の運用で問題となるのは、戦闘の途中で物質的要素である人員の死傷、装備の喪失だけでは戦局の優劣を判断することが難しいということです。そのような情報はほとんどの場合において不正確であるか、不完全なものであるため、当事者である指揮官にとっても、自分自身が勝っているのか、負けているのか明確に知り得ないことが珍しくありません。

このため、戦闘の途中では、精神的要素に着目して戦闘力の損耗を判断する簡便な方法が使われることをクラウゼヴィッツは説明しており、特に(1)戦場で味方の部隊がどれほど後退したのか、(2)予備隊がどれほど残っているのか、という二つの情報で精神的な戦闘力の程度がある程度は判断できると説明されています。

「彼我の物理的損失の比率を戦闘中に計測することは、いずれにしても困難である。しかし精神的損失の比率を計測するのはさほど困難でない。精神的損失を表示するものとしては、主として二件の事項がある。即ち第一は、戦闘地域の喪失であり、また第二は敵側における予備の優勢である。我が方の予備が敵の予備に比して著しく消耗しているならば、それは戦闘において敵と対抗するためにその分だけ我が方の兵力を消費したということである。すでにここに敵側における精神的優勢の明白な証拠がある」(同上、邦訳、中間20頁)

このような代替的な情報が敵と味方の戦闘力の優劣を判断する上で有効な理由は、物質的な戦闘力の減少と精神的な戦闘力の減少が連動して発生するためです。

味方が次々と死傷し、武器や弾薬を使用できなくなれば、最前線に立つ兵士はそれだけ精神的に追い詰められ、戦闘行動を継続することが難しくなります。したがって、それだけ自分の陣地を放棄しやすくなると考えられます。また、その過程で後方地域に残した予備隊を続々と戦闘地域に展開できるのであれば、再び味方の戦力は充実するので、その他の部隊も士気を取り戻し、戦い続けやすくなるでしょう。

これは戦闘の状況を外側から判断する際にも役に立つ視点です。クラウゼヴィッツは、戦闘に勝利するということは、物心両面でより大きな戦闘力を敵に対して発揮できたことだと説明しています。

「要するに戦闘は、彼我の物理的および精神的諸力を流血による破壊的な仕方で清算する闘争にほかならない。そして戦闘の終局において、この二通りの諸力の残高をいっそう多く保有する側が即ち勝者なのである」(同上、邦訳、中間21頁)

戦闘中の両軍の損耗を正確に知ることが難しくても、戦場における敵と味方が移動した距離がどれほどか、双方がどれほどの予備隊を残しているかに注目すると、戦況を理解する上で役に立つでしょう。予備隊に関しては現時点で投入が可能な予備隊だけでなく、戦場外から来援しつつある部隊も潜在的な予備隊がどれほどかにも注意を払うと、より正確な判断ができると思います。

見出し画像:DoD photo by Staff Sgt. Joseph DiGirolamo, U.S. Marine Corps

参考文献

クラウゼヴィッツ『戦争論』篠田英雄訳、岩波書店、1968年

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武内和人
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