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国内政治と軍事戦略が戦争の結果を大きく変えることを実証した計量的研究『勝利、敗北、あるいは引分』を紹介する
戦争は国内政治、国際政治に多種多様な影響を及ぼす重大な事象です。そのため、政治学の研究者は戦争の結果を決める要因を特定することを目的とした調査を続けてきました。
イェール大学のアラン・スタム(Allan C. Stam III)もそのような調査に取り組んだ一人であり、その成果は『勝利、敗北、あるいは引分:国内政治と戦争の試練(Win, Lose, or Draw: Domestic Politics and the Crucible of War)』(1996)にまとめられています。
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著者はこれまでの国際政治学の研究が国内政治の特徴や軍事戦略の選択を軽視してきたことに疑問を投げかけています。著者の見解によれば、これまでの研究者は国家の軍事力と同盟関係にばかり注目する傾向がありました。そのため、国際政治学の理論で戦争の結果を説明する際に、その国の政治体制で権力がどれほど集中しているのか、どのような軍事戦略が採用されているのかが十分に検討されていませんでした。
この問題を解決するため、著者は1816年から1980年代までに発生した国家間の戦争に関するデータを戦争の相関関係プロジェクト(Correlates of War Project)などから取得し、さらに独自の類型に基づく戦略のデータを作成した上で、計量的分析を展開しています。その分析結果は、国内政治の要因と戦略の選択が戦争の結果に重大な影響を及ぼしていることを裏付けています。
著者の分析の一部を紹介します。著者の研究では、戦争の結果を勝利、敗北、引分という3通りのパターンに区別できることを大前提として置いています。その判断の基準となっているのは、戦争の後で領土を新たに獲得できたかどうかであり、双方が公式に停戦することに合意した場合は引分と判定されます(pp. 75-6)。このような類型化は個別の戦争がもたらす影響の複雑さを把握する上で問題があるものの、多くのデータを使って因果関係を探る場合においては正当化されるでしょう。
まず、民主化の度合いが高い国ほど、戦争において高い確率で勝利を収める傾向があると著者は主張しています。つまり、ある国の政治体制が民主的であるほど、支配するエリートは支配される民衆に対して、より大きな説明責任を負うことになり、民衆も支配の正当性を承認しやすくなると考えられています。このような政治体制が維持されている国家の軍事行動は、そうではない国家の軍事行動よりも効率的に指導される傾向にあると著者は考えています。
計量的な分析によって、その考えを裏付けることも可能であると著者は論じており、アメリカや西欧諸国など民主主義の国家はそうではない国家に比べて勝率が高いことが示されます(p. 177)。その他の要因を制御しながら民主化の程度と勝率との関係を調べると、民主化の程度が最も低い国に対して、民主化の程度が最も高い国は勝率において10%を上回る優位があると報告されています。興味深いのは、民主主義の国家は、そうではない国家よりも戦争で引分に持ち込むケースが多いことも指摘されており、そのため敗北の確率を最小限に抑制する傾向があることも報告されています(Ibid.)。
次に戦略に関する分析においては、消耗戦略(attrition strategy)、機動戦略(maneuver strategy)、懲罰戦略(punishment strategy)という独自の類型が使われています。著者はこの類型に攻勢(offense)と防勢(defense)という区分も組み合わせています。
例えば、消耗戦略を採用した上で攻勢をとる国家は敵の兵力を補足撃滅することを目指す戦略ですが、防勢をとる場合は領域の保持を強調した戦略です。反対に機動戦略を採用した上で攻勢をとる国家は支配する領域の拡大を目指す戦略であり、反対に防勢をとる場合は敵の兵力を撃滅するための戦略として特徴づけることができます。最後の懲罰戦略の特性は敵を撃滅するかどうか、領域の支配を失うかどうかにかかわらず、敵国に対して耐えがたいコストを押し付けることによって政治的目的を達成しようとする戦略です。これは直感的に分かりにくい戦略ですが、例えば毛沢東のゲリラ戦の戦略は懲罰戦略に区分されています(p. 88)。
このような類型を用いて歴史上の事例を分類する場合、分析者の立場によって分類の仕方が微妙に異なる可能性があることは考慮に入れておく必要があります。その上で著者の計量的分析を読むと、戦争の勝利に特に結びつきやすい戦略は機動戦略と懲罰戦略であるという結果が示されており、消耗戦略を採用した国家には劣位があったことが報告されています。このような関係は軍隊の兵力規模や装備の近代化の程度の影響によって左右されないことも確認されており、消耗戦略を採用することに大きな不利があることが明らかにされています。
しかし、著者はその理由を十分に説明できてはいません。例えば、著者はドイツ軍が第一次世界大戦で消耗戦略を採用した際に、その損害の大きさに苦しめられた経験を踏まえ、第二次世界大戦では電撃戦として一般に知られる機動戦略を採用したことを事例として紹介しています。1940年の西部戦線でドイツ軍は兵力の規模で優るフランス軍を大胆な戦略機動によって圧倒し、短期間で勝利を収めることに成功しました(p. 140)。
懲罰戦略の優位に関する説明では、1979年に始まったソ連軍のアフガニスタン侵攻の事例が持ち出されています。この事例においてソ連軍は消耗戦略を適用し、国土を広く占領した上で、物量に裏付けられた兵力を配備し、アフガニスタン各地に潜むムジャヒディンを鎮圧しようとしましたが、長期にわたるゲリラ戦によって疲弊していき、撤退に追い込まれています(p. 141)。
著者が提示している事例は、いずれも分析結果を定性的に解釈する上で役に立つものかもしれませんが、事例の提示にとどまっており、なぜ機動戦略や懲罰戦略が消耗戦略より効率的なのかという理由は説明できていません。計量分析とはまた異なる方法論を使う必要があるので、この問題は別の著作で解決される必要があるでしょう。
研究の焦点は政治体制と軍事戦略が戦争の結果に与える影響ではありますが、それだけでなく、地理的環境、軍隊の兵力規模、経済的能力などの影響に関しても分析の対象とされており、計量的アプローチを用いた戦争の研究として大変興味深い分析です。著者は分析に用いた統計学的なモデルについて十分に解説していないことについても注意が必要でしょう。
それでも、本書によって示された民主主義と軍事戦略が戦争に与える影響が非常に強固なものであることの裏付けは強力です。戦争の研究において国内政治と戦略運用の重要性を認識することが重要であることの根拠として参照される価値がある業績であると思います。
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