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なぜ現代の戦略研究者は軍事作戦と外交交渉を同時並行で実施すべきと考えたのか?
戦略(strategy)とは、安全保障上の目的を達成するために選択される方策です。一般的に軍隊の作戦行動を規定する軍事戦略(military strategy)という意味で使われることが多いと思いますが、厳密にいえば軍事戦略が戦略のすべてではありません。戦略には、軍事的手段だけでなく、非軍事的手段の運用を規定する大戦略(grand strategy)あるいは国家安全保障戦略(national security strategy)の次元があるためです。
20世紀前半までの研究者は戦時における軍事作戦に限定した上で戦略を研究する傾向がありました。しかし、冷戦以降に非軍事的側面が注目されるようになり、戦略的成功のためには、軍事作戦と外交交渉を一体的に指導する必要があると考えられています。アメリカの政治学者ロバート・オスグッド(Robert Osgood)も軍事作戦と外交交渉の不可分性を明らかにした研究者の一人です。この記事では彼の限定戦争論について紹介したいと思います。
なぜオスグッドは限定戦争を研究したのか?
第二次世界大戦末期にアメリカは初めて核兵器を実戦で使用し、攻撃を受けた日本の広島と長崎は一瞬で焦土と化しました。1945年の時点で核兵器を取得していたのはアメリカだけでしたが、もし大国間で核技術が拡散すれば、将来的に戦争は核兵器の応酬となる危険がありました。
オスグッドは、この重大な軍事情勢の変化を目の当たりにし、新たな戦略の原則が必要になったと考えました。つまり、武力を効率的に行使し、決定的戦闘で勝利を収めることや、敵に甚大な被害を与えるのではなく、戦争を回避し、あるいは戦争が勃発したとしても、その烈度を一定の範囲に制御しながら作戦を遂行することが戦略の課題だと考えたのです。
戦争の規模や烈度を戦争目的に応じて制御する方法を明らかにすることが、オスグッドの限定戦争論の目的でした。
朝鮮戦争の経験から導き出された戦略思想
オスグッドは自分の理論を構築する手がかりとして、1950年に勃発した朝鮮戦争に注目しました。
この戦争では北朝鮮の侵攻を受けた韓国を支援するため、アメリカがすぐに派兵しています。韓国軍とアメリカ軍は北朝鮮軍を圧倒し、南北に分断されていた朝鮮半島が統一するかと思われたほどでしたが、中国が北朝鮮を支援するために軍事的介入に踏み切ったことで、戦局は一変しました。それでもアメリカはエスカレーションを避けるため、中国の領土に対して攻撃を加えず、戦域を朝鮮半島に限定したのです。オスグッドはここに冷戦時代の戦略思想の重大な変化が見て取れると指摘しています。
「朝鮮戦争は戦後にアメリカの戦略が発展していく上で最も重要な出来事であった。冷戦の歴史を語るとき、この時期の戦争と政治のパターンを形成する真に決定的な事件の一つと見なされることになるかもしれない」(Osgood 1957: 163)
限定戦争を遂行するための戦略の基本原則
オスグッドは朝鮮戦争が戦略家にとって参考とすべき事例であると位置づけており、限定戦争を遂行するための戦訓を導き出しています。
まず、オスグッドは達成すべき目標を厳密な形で管理する重要性を論じており、戦争の政治的目的がある一定の範囲に限定されていることを敵に知らせることが必要であると考えられています(Osgood 1957: 24)。つまり、こちらの意図を敵に伝えることによって、戦っている間も交渉の余地があることを相手に認識させなければなりません。
それだけでなく、政策決定者は絶えず敵国と交渉できるように努力を払うべきであるともオスグッドは論じており、軍事作戦と外交交渉を同時並行に進める戦争指導を主張しています(Ibid.)。戦時下の外交では、戦局が安定するまで交渉を行わないという考え方があるかもしれませんが、オスグッドはエスカレーションが進むほど外交交渉による抑制は難しくなる傾向があると指摘しています。その結果として限定戦争が全面戦争に移行する危険性を高めるため、「核兵器をはじめとする大量破壊兵器の存在は、明らかに限定の必要を高めている」(Ibid.: 26)と主張していました。
戦略理論としての意義と限界について
オスグッドの限定戦争論は戦略の研究において重要な成果であり、特に外交的手段を戦略に取り入れる必要性を説いたことは、エスカレーションを管理する上で有意義なことだったと思います。ただし、ベトナム戦争の後でオスグッドの理論には批判も加えられています。オスグッドは戦争のエスカレーションを制御すべきであるという問題意識が強くあったため、戦争それ自体が持つ性質を軽視する部分がありました。このことはローゼン(1982)によって指摘されています。彼はオスグッドが国内政治の重要性についても考慮していないことも批判しています。
見出し画像:U.S. Department of Defense
参考文献
Osgood, Robert E. 1957. Limited War: The Challenge to American Strategy, Chicago: University of Chicago Press.(現在入手が困難になっています)
Rosen, S.P. (1982). Vietnam and the American Theory of Limited War. International Security, 7, 113-83.
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