戦争が政治的交渉の延長であることを理論的に分析している論文リスト
プロイセンの軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツの理論によれば、戦争は政治的交渉の延長であり、武力の行使という側面だけで理解することができるものではありません。彼は軍事学の研究が戦争を最も有利な態勢で遂行することに終始すべきではなく、戦争を通じて望ましい合意を形成する問題にも目を向ける必要があることを示しました。
これまでにも、この視点の重要性については広く論じられていますが、このメモでは特に国際政治学の領域で戦争の交渉モデルがどのように発達してきたのかを概観してみたいと思います。すでに論文紹介の記事を書いたものがあれば、そのページへのリンクも置いておきます。ここに示した論文を通読しておくことは、戦略を研究するときに役に立つはずです。
Schelling, T. C. (1966). Arms and Influence, Yale University Press.(斎藤剛訳『軍備と影響力:核兵器と駆け引きの論理』勁草書房、2018年)
戦争を研究するためには、戦争において何が行われるのかを研究するだけでなく、戦争を通じて何が行われるのかを研究することが必要です。シェリングも、実力を行使して現状を無理やり変更するような戦略だけに注意を払うのではなく、そのような可能性を示しながら脅すことで他者の決定に影響を及ぼし、望ましい行動をとらせるように仕向ける強制(coercion)の戦略をも分析すべきであるとして、その分析の枠組みを示しています。現代軍事学の研究史の中で最も重要な業績の一つといえるでしょう。
Iklé, F. (1971). Every War Must End, Colombia University Press.(桃井真訳『紛争終結の理論』日本国際問題研究所、1974年)
戦争を通じて交渉が進められると考えた場合、戦争は交戦国の間で新しい合意を構築していくプロセスとして捉えることができます。しかし、これは容易なことではありません。イクレは、この著作で当事国の国内政治の考慮が関連すると、交戦国間で有効な合意を構築することが難しくなることを指摘しました。つまり、戦争を終わらせるためには、和平を推進する穏健派が、継戦を主張する強硬派を圧倒できるような政治変動が必要であると考えられます。
Blainey, G. (1988). The Causes of War, 3rd edition, New York: Free Press.(邦訳『戦争と平和の条件:近代戦争原因の史的考察』中野泰雄、川畑寿、呉忠根訳、新光閣書店、1975年)
初版は1973年です。ブレイニーは戦争が始まる原因を外交の失敗として見なしても、それは何ら説明にならないと批判し、なぜ外交が失敗するのかを考察するべきだと主張しました。一般に外交的な努力で当事者が合意に達するためには、相反する双方の要求を何らかの形で調整することが必要であり、そのためには当事者に譲歩することが求められます。ところが、当事者間の実力が拮抗していると、それぞれが自分ではなく相手が譲歩すべきだと認識しやすくなるため、結果的にどちらも譲歩しようとせず、合意が不可能となってしまいます。情報的要因が開戦と深く結びついている可能性を示した優れた分析です。
Fearon, J. D. (1995). Rationalist explanations for war. International organization, 49(3), 379-414.
戦争は交渉の手段として考えた場合、あまりにも非効率であり、当事者に大きな費用をもたらします。このため、理論的に考えた場合、戦争は当事者にとって避けるべき手段であるといえますが、問題はこれが実行できる場合ばかりではないということです。このことを数理的な分析によって明らかにしたのがフィアロンの業績の意義であり、戦争を回避することができない理由を3種類に区分し、合理的選択モデルに基づいて戦争がどのような問題であるかを体系化しました。これは国際政治学の研究者の間で、最もよく読まれている論文の一つになっており、その後の研究に大きな影響を及ぼしました。
Wagner, R. H. (2000). Bargaining and war. American Journal of Political Science, 469-484. https://doi.org/10.2307/2669259
フィアロンの研究は開戦に至る行動を分析するものでしたが、この研究は開戦後の行動に目を向けています。著者の見解では、当事国の指導者は、戦時下において戦争に伴う現在の費用だけでなく、将来の費用を考慮に入れるので、戦争が最後まで進行する前に和平を模索すると考えられています。これは合理的選択モデルに基づいて終戦の条件を検討した先駆的な研究であり、その後の研究でも参照されている業績です。
Goemans, H. E. (2000). War and punishment: The causes of war termination and the First World War. Princeton University Press.
先に示したイクレの著作と近い関心に基づいて書かれた著作です。当事国の政治体制が独裁的なのか、民主的なのか、あるいは両者の中間に位置する混合制なのかによって、指導者が最適だと考える終戦のタイミングに大きな違いが生じると主張した研究です。著者によれば、終戦した後で国内の不平不満を完全に抑圧することができる独裁的な指導者は、極めて不利な条件を押し付けられたとしても終戦を選択することができます。しかし、国民の抑圧が徹底できない中途半端な指導者は、終戦によって自分の責任が追及され、退陣に追い込まれる事態を恐れるため、厳しい戦況でも戦争を継続しようとすると考えられています。国内政治のメカニズムが戦争の期間に与える影響を考える上で有益な分析です。
Filson, D., & Werner, S. (2002). A bargaining model of war and peace: Anticipating the onset, duration, and outcome of war. American Journal of Political Science, 46(4)819-837. https://doi.org/10.2307/3088436
著者らは、合理的選択モデルの分析枠組みを拡張し、開戦に至る当事者間の交渉過程と終戦に至る交渉過程を包括的に検討しています。この研究によれば、開戦は(1)攻撃者が自らの利益を最大化するため、防御者に何らかの譲歩を要求すること、(2)防御者は攻撃者が要求してきた譲歩を拒絶すること、(3)要求を拒絶された攻撃者が実際に攻撃に踏み切ることによって生じます。
もし攻撃者と防御者が相互の勢力関係に関して同じような認識を持っているなら、攻撃者は自らの優位性に応じた要求を防御者に突き付け、防御者もそれを妥当だと考えるでしょう。しかし、両者が勢力関係に関して異なる信念を持っている場合は、その勢力関係を検証し、情報を取得するメカニズムとして戦争が使われます。したがって、戦争が終結するということは、戦争が合意の形成に必要な情報を当事者にもたらし、当事者がその学習を完了して彼我の優劣を評価し直すことで、合意形成が可能になったときだと考えられます。
Slantchev, B. L. (2003). The principle of convergence in wartime negotiations. American Political Science Review, 97(4), 621-632. https://doi.org/10.1017/S0003055403000911
戦争が交渉の当事者が自国と敵国の勢力関係に関する情報をやり取りする情報伝達のメカニズムとして捉えることができますが、それは複合的なメカニズムです。この論文の著者が注目しているのは、戦争の情報伝達メカニズムは、必ずしも戦闘に限定されないという点です。戦争では戦闘の結果が優劣を評価する上で重要な指標であり、それは当事者にとって恣意的に操作することができないものですが、不確かさを伴う情報でもあります。
著者は、戦時下に遂行される外交交渉も重要な情報伝達メカニズムであることを指摘し、これは戦闘ほど不確かではないものの、恣意的に操作されやすいメカニズムでもあると論じています。例えば、当事国は交渉の席に着くことを拒否することで、自らの優位を偽装し、相手に悪い見通しを持たせようとするかもしれません。
Smith, A., & Stam, A. C. (2004). Bargaining and the Nature of War. Journal of Conflict Resolution, 48(6), 783-813. https://doi.org/10.1177/0022002704268026
交渉の当事者にとって戦争が情報を獲得するメカニズムであり、その過程を通じて双方が互いの強さや弱さについて共通の考え方を持つに至れば、和平の合意を形成することも容易になると考えられます。著者らは、戦争が短期で終わることは、必ずしも望ましいことばかりではないかもしれないという驚くべき議論を展開しています。つまり、激しい戦いが短期間に集中的に発生するタイプの戦争は、すぐに終結する傾向があるものの、情報を十分に伝達することができず、近い将来に再び戦争を再発させると論じています。
著者らの見解によれば、小さな犠牲者をもたらす戦闘が数多く遂行される長期戦であれば、いったん終結すると戦後に再発するリスクが小さくなり、安定的な国際関係を形成しやすくなります。これは交戦国の戦略として、妥協的な平和を追求すべきか、永続的な平和を追求すべきかという問題を考える上で重要な論点です。ただし、その妥当性についてはより慎重な検討が必要でしょう。このような見解には異論も唱えられています。
Powell, R. (2006). War as a commitment problem. International Organization 60(1): 169–203. https://doi.org/10.1017/S0020818306060061
戦争の交渉モデルに関する研究でパウエルの業績が特に興味深いのは、情報伝達のメカニズムとしての戦争を捉えることには実証的な限界があることを巧みに指摘したことです。国際政治は長い時間の経過を通じて遂行されるので、ある時点の国家間の勢力関係が固定され、将来にわたって持続するとは限りません。このような可能性がある場合、当事者が合意を履行しなくなり、現状変更に動くリスクを考慮しなければならなくなります。
一時点の勢力関係の優劣に最適な二国間合意が形成できたと仮定してみましょう。その場合、将来の経済成長や軍備拡張で勢力関係の優劣が大きく変化すると、それは双方にとって受け入れ可能な合意と見なされなくなり、現状変更が試みられる可能性もあります。このような将来的な現状変更のリスクを考慮し、その動きを予防措置によって防ぐために戦争という手段をとることが合理的になる場合があることを著者は示しています。
Ramsay, K. W. (2008). Settling it on the field: Battlefield events and war termination. Journal of Conflict Resolution, 52(6), 850-879. https://doi.org/10.1177/0022002708324593
こちらの論文でも、戦争が情報伝達のメカニズムであるという見方に対して疑問が投げかけられています。著者は、20世紀の戦争で発生した戦闘のデータを詳細に分析し、短期間の戦闘で終戦に至る事例に関しては情報伝達のメカニズムで説明することが可能であるかもしれないと認めていますが、長く続く戦争に関しては情報伝達のメカニズムで説明することが難しいことを指摘しています。このような事例を考えた場合、将来的な現状変更を予防するための手段として戦争が遂行されるというパウエルの理論の方が説明しやすいでしょう。
戦争の交渉モデルに関する研究は現在も増え続けており、活発な議論が続いているテーマです。さらに、このテーマについて深く知りたい場合は、多湖淳『戦争とは何か:国際政治学の挑戦』(中央公論新社、2020年)で戦争の交渉モデルに関する研究成果を概観することができます。私が個人的に気になっているのは国家指導者の意思決定過程を心理学的なアプローチで明らかにしようとする研究であり、発展の途上にある議論ですが、戦争の指導者がどのような認知過程を経て戦争を開始し、遂行するのかを明らかにしようとする動きが見られます。