軍隊の作戦を学ぶ:作戦の段階における決勝・策動・保持行動を中心に
作戦(operations)とは、共通の目的または統一的な課題を伴った戦術行動の連鎖を意味します。資料によっては軍事活動(military activities)、あるいは部隊運用(force employment)のような言葉を言い換えるためだけに使われることもありますが、アメリカ国防総省が定める軍事用語の意味に従うのであれば、このような言い換えは誤解を招くので、避けるべきでしょう。
ここでは、作戦というものを理解するための基礎知識を提供するため、まず戦争の段階において作戦がどこに位置するのかを述べます。その上で、基本的な作戦枠組みとして決勝、策動、保持の関係について説明します。
戦争の段階における作戦の位置付け
まず、作戦の意味を明確にするため、戦争(war)とそれに関連する基本的な軍事用語を簡単に説明しておきます。戦争は、政策上の目的を達成するため、さまざまな国家、国家に準じる組織、あるいは武装勢力の間で武力を用いた紛争が生じている状態をいいます。戦争は軍事的な側面だけでは捉えきることができない複雑な現象ですが、特に軍事的な側面だけに注目したい場合、warfareという言葉を使います。単独で使われると訳し方に困る単語であり、通常は戦争と訳しても大抵は問題ありませんが、warよりも軍事的な要素が強調されたイメージで理解されるのがよいのではないかと思います。
戦争(warfare)が遂行される方法は、時代背景や地域特性、科学技術や社会経済によって大きく異なります。歴史上の戦争は陸上戦(land warfare)、あるいは海上戦(naval warfare)として遂行されてきましたが、現代では空中(air warfare)、宇宙(space warfare)、サイバー(cyber warfare)も遂行されるようになっており、しかも、それらが相互に作用するマルチ・ドメイン戦(multi-domain warfare)が一般的になっています。先ほど戦争遂行主体は必ずしも国家とは限らないことを述べましたが、この点に着目し、国家主体によって遂行される正規戦(conventional warfare)と非国家主体によって遂行される非正規戦(irregular warfare)を区別することも軍事学では広く行われています。
戦争を分析する場合、その分析対象を明確にするため、戦争の段階(levels of warfare)を明らかにすることが便利です。戦争の階層を分ける方法は、は研究者の立場によって若干異なるのですが、現在のアメリカ国防総省では、国家戦略の段階(national strategic level)、戦域戦略の段階(theater strategic level)、作戦の段階(operational level)、戦術の段階(tactical level)の4段階で区分しています。
戦争の段階に関して指揮官が運用する部隊の大きさに対応させる説明を見かけることがありますが、これはケースバイケースです。戦争の段階と部隊の単位を厳密に一致させることができる場合ではなく、それぞれの戦争の段階が排他的なものと理解することも適当ではありません。また、戦争の段階は上位が下位を一方的に統制するというものではなく、例えば作戦の段階は、戦術の段階における部隊の編成や運用を上から指定するものではありません。作戦の段階は戦域戦略の段階と関連し、戦術上の成功を戦略上の目標達成に寄与するものに転換するような部隊運用が求められます。これが作戦に固有の難しさであり、その責任を引き受ける指揮官は、戦略家としての視野の広さや政治的状況への理解と、戦術家としての軍事専門的な見識を兼ね備えた人物であることが求められます。
作戦段階における部隊の運用
作戦段階における部隊指揮官の職務をアメリカ軍の例に沿って具体的に説明してみます。アメリカ軍の最高司令官は憲法によってアメリカ大統領と決められています。しかし、アメリカ大統領がアメリカ軍の行動のすべてを決めているわけではなく、作戦段階の意思決定には関与しません。大統領が直接指揮する部隊にはアフリカ軍(Africa Command)、中央軍(Central Command)、欧州軍(European Command)、インド太平洋軍(Indo-Pacific Command)、北方軍(Northern Command)、南方軍(Southern Command)、サイバー軍(Cyber Command)、宇宙軍(Space Command)、戦略軍(Strategic Command)、特殊作戦軍(Special Operations Command)、輸送軍(Transportation Command)があり、それぞれの部隊の司令官は作戦段階の意思決定を担っています。つまり、彼らはアメリカ軍全体に共通の国家戦略、戦域戦略に基づいて、それぞれに異なる担当地域(アフリカ、中東、欧州、インド太平洋、北米、中南米)、あるいは機能分野(サイバー、宇宙、核兵器、特殊作戦、兵站)の範囲で作戦を考えています。
作戦を考えることに関しても、戦役(campaigns)を考える段階と、戦役の下位にあたる大規模作戦(major operations)を考える段階があります。欧州軍の司令官の立場に立ってみると、この司令官はまず自らの担当地域である欧州の戦略環境を考慮し、アメリカの戦域戦略を実行するための広域的な計画を立案しなければなりません。これが戦役計画と呼ばれているものです。もし欧州で戦争が勃発した場合、欧州軍司令官の下に統合任務部隊(Joint Task Force, JTF)が置かれ、この部隊が戦役計画に基づいて行動します。ただし、JTFの司令官は欧州軍よりもはるかに限定された空間を作戦地域として任されることになります。そのため、JTFは戦役計画をそのまま実行するのではなく、戦役計画に基づいて策定された大規模作戦を計画し、それを遂行します。この際にJTF司令官は戦術レベルを考慮に入れて部隊運用を最適化します。ここが戦役計画と大きく異なる点になります。大規模作戦に基づいて個別の軍団または師団が遂行するのが戦闘(battle)であり、戦闘以下の行動は戦争の段階としては戦術に区分されます。
作戦枠組みと決勝・策動・保持
ここまでの説明で、戦争に段階があり、作戦段階の部隊運用ではJTFの司令官が重要な役割を果たすことを述べました。最後に、JTFの司令官が、どのような考え方を使って作戦を計画し、遂行しているのかを説明してみましょう。作戦を考える方法の一つとして、作戦枠組み(operational framework)という考え方があります。これはJTFとして複雑な作戦を組み立てるための基本となるもので、いくつかの種類があります。
ここでは目的に応じて作戦の方向性を区分する枠組みを紹介します。この作戦枠組みでは部隊の行動を決勝(decisive)、策動(shaping)、保持(sustaining)に区分します。いずれも訳語の割り当てが難しいのですが、ひとまずdecisiveは決勝と訳すことにします。決勝行動(decisive operations)は、任務達成に直接的に寄与する行動であり、戦いの勝敗を決することを意図して行います。そのため、JTFの司令官は、基本的に決勝行動を中心に据えて作戦を考えますが、すべての戦力を決勝行動だけに割り当てることはしません。こちらの決勝行動に対して敵は最も厳重に警戒していることが予想されるため、決勝行動を単独で遂行しようとしても、作戦として成功が見込めない場合があるためです。そこで決勝行動を成功に導くための方策が作戦に織り込まれることになります。
shapingに適切な訳語も厄介な問題です。もとの意味としては、決勝行動が確実に成功するような状況を作り出す(shape)ことを目的とした行動と理解できます。異論はあると思いますが、私が知る限り日本語の軍事用語でこれに近い意味を持っているのは策動です。策動は単一の作戦構想に基づいて複数の部隊が協力して行動することをいいます。これらの部隊が位置的に離れている場合は策応と呼んで区別することもありますが、ここでは策動で統一します。現在ではあまり使われていませんが、shaping operationsを説明するため、ここでは策動行動という名称を使うことにします。
策動行動は決勝行動を遂行する部隊とは別の部隊が担当すると先に述べました。これは決勝行動の成功率を少しでも高めるために、可能な限り多くの部隊を割り当てるべきだと考えられるためです。このことは、カール・フォン・クラウゼヴィッツの著作でも原則とされており、我の戦力を集中的に使用することで、決定的な結果を得ることが容易になるとされています。この原則に従うならば、JTFの司令官は策動行動を遂行する部隊の規模を最小限度にとどめておかなければなりません。
もし策動行動に使用した部隊を作戦の途中で決勝行動に転用する場合、決勝行動を開始する時機は策動行動の後に限定されることなりますが、これは必ずしも一般的な措置とはいえません。むしろ、策動行動は決勝行動が開始される前から始まり、また開始された後も一貫して続けられる場合の方が多いのではないかと思います。策動行動は単一の行動として実施されるとは限りません。複数の策動行動が全作戦地域で同時並行的に遂行されることもあり、それは決勝行動が行われる正面で実施される場合さえあります。敵の戦闘部隊を孤立させ、隣接する敵部隊の相互の連携を遮断し、後方から移動してくる敵の来援を遅らせることによって、策動行動は決勝行動の成功確率を高めます。
軍事英語のsustainingも訳語の選択に悩む単語ですが、部隊が戦闘を遂行する上で必要な人事業務、兵站業務を遂行し、損耗を被ったとしても部隊が適切な水準で戦闘力を維持できるようにする行動を意味します。慣例的に保持と訳されることがあるため、ここでも保持行動と呼ぶことにします。保持行動は、決勝行動と策動行動と密接な関係があり、その成否が作戦全体のテンポを決めるといっても過言ではありません。戦闘が続く中で弾薬を使い切った部隊が前線で続出し、戦死者や負傷者を収容できず、部隊の欠員を補充できない状態が続けば、部隊の戦闘力は数週間で完全に失われてしまい、決勝行動も策動行動も持続させることができなくなるでしょう。JTFの司令官は保持行動を作戦計画に適切に組み込み、戦況の推移に即応させるだけでなく、作戦を開始する前の時点で、味方の部隊がどのような損耗に耐えなければならないのかを予測し、先行的に支援する態勢をとっていなければなりません。
以上が基本となる作戦枠組みですが、作戦枠組みは他にも種類があります。例えば、作戦地域を空間別に構成に見る作戦枠組みもあり、作戦地域を(1)敵の後方であり、我の長射程火力を使用しなければ打撃を加えることができない縦深地域(deep area)、(2)敵と我が近接火力で交戦することができる近接地域(close area)、(3)我の戦闘部隊のために後方支援を行ったり、警備が行われている後方地域(rear area)、(4)恒久的な基地が置かれ、後方支援部隊が本来の業務に集中できる支援地域(support area)に区分します。陸軍で師団より大きな編制部隊は最低でも1つの支援地域を設定する必要があり、場合によっては複数の支援地域を設定することもありますが、これは保持行動を遂行する後方支援部隊に行動の自由を与えることに繋がるでしょう。このようにして、指揮官は作戦構想を具体化し、計画として発展させた上で、それを指揮下部隊に実施させます。
まとめ
軍事学の研究テーマとして、作戦は非常に奥が深く、その視点は戦争を軍事的な視点で理解する上で参考になります。英語資料でも構わないという方で、このテーマについてさらに学びたい場合は、アメリカ陸軍の教範類を一読することをおすすめします。この記事の内容は、作戦全般について論じているField Manual 3-0: Operations(2022年版)の第1章と、方面軍、軍団、師団の作戦を論じているField Manual 3-94: Armies, Corps, and Division Operations(2021年版)の第2章に依拠しています。
見出し画像:Photo By: Army Spc. Adrian Greenwood