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ロシアはいつまでウクライナで戦い続けようとしているのか?
2022年2月にロシアがウクライナの全土で侵攻を開始してから、すでに50日以上が経過しています。この間にウクライナ軍はキエフの防衛に成功し、一部のロシア軍の部隊を退けることができましたが、東部から南部、特に南部ではマリウポリなどで激しい戦闘が続いています。
過去の戦例によれば、大部分の戦争は1年から2年で終結に向かうので、ロシアがまだ現時点で戦争を終結させようとしないことは特異なことではありません。ただし、歴史的にロシアは第一次世界大戦、第二次世界大戦、アフガニスタン侵攻など、多くの犠牲を出しながら3年以上にわたって戦い続けた実績があります。ウクライナの戦争でも長く戦意を保持し、数年にわたる長期戦に突入する可能性があることを考慮しておくべきでしょう。
2018年にランド研究所が出版した『国民の戦意:なぜ、一部の国家は戦い続けるのに、他はそうしないのか(National Will to Fight: Why Some States Keep Fighting and Others Don't)』は、国家の戦意に影響を及ぼす要因を特定しようとした研究ですが、そこにはロシアの事例も登場しています。
著者らは、戦意に影響を及ぼす要因を42個特定し、戦争に対する国民の支持の強さ、政治体制の形態、同盟関係、軍事的能力、経済的圧力などの要因を政治、経済、軍事の3種類のカテゴリーに分けています。
その中で注目されるのは、政治体制の形態と国民の社会的アイデンティティが戦意の形成を促す基本的な要因になっているという指摘です。政治体制の種類としては民主主義国と全体主義国に優位性があると考えられており、両方の特性が混在する混合的な政治体制の国家は、戦意を維持する能力で劣るとされています。
経済的な要因では、同盟国から受け取る経済支援が、敵国からの経済制裁よりも戦意の形成において重要であることが多いようです。これは長期的な戦争継続の可否が軍事的能力よりも経済的能力によって左右されるためであると考えられています。
交戦国間で戦意が拮抗している場合、軍事力の優越によって敵国に多くの損失を与えることが戦略的に望ましいと考えられますが、著者らは特定のシナリオでは死傷者が増加するほど、敵国の戦意が強化される場合があると論じています。しかも、これがロシアの戦意の強さを理解する上で重要なポイントであるとされています。
著者らの見解によれば、ロシアにおいては権威主義体制が確立されている状況であり、政府がメディアを通じて国民の世論を形成する上で優越した立場にあります。多くのロシア国民は戦争について日常的に考えているわけではありませんが、それを考察するときには民族主義的な感情をもって正当化する場合が多く、それはロシア人という社会的アイデンティティを強く自覚しているためだと説明されています。
死傷者の増加はロシアの国民の間で厭戦の機運を高めるかもしれませんが、もしその死傷者が増加している背後にアメリカの存在があるという認識が広がれば、一部のロシア国民は死傷者が増えたことを踏まえて、戦争をより強く支持するようになる可能性があります。このような場合に、ロシア政府が大規模に徴兵を行い、死傷者が増加したとしても、国民の支持に悪影響が生じるかどうかは分からないとされています。著者らは、ロシアの国民が戦意を喪失するとすれば、プーチン大統領か、ロシア軍のどちらかに対する信頼を失ったときではないかと予測しています。
「現在、ロシア人は自国の政府に対して悪い見方を持つ傾向にあるが、軍隊に対する国民の信頼は厚く、プーチンに対する信頼も高い水準でとどまっている。その信頼が損なわれる出来事があれば、それが紛争と直接的に関係しているかどうかにかかわらず、ロシア人の戦争に対する支持は衰える恐れがある。例えば、徴兵制で数多くの徴集兵が虐待を受けていることや、プーチン大統領の能力に対する信頼が失われることが、それに該当する」(pp. 105-6)
このような見方が正しいとすれば、その実現にまだ相当の時間と労力が必要となるでしょう。プーチン大統領が「有能な政治家」であり、ロシア軍が「精強な軍隊」であるという神話はロシア国内で浸透しており、それに反する報道や言論を展開することは法令によって制限されています。
しかし、4月15日にロシアの国防省が黒海艦隊の旗艦である巡洋艦モスクワが沈没と発表したことからも分かるように、自国にとって不利な情報を統制する努力にも限界があることが分かります。この巡洋艦はウクライナ側の発表では地対艦ミサイルによる攻撃を受けて撃沈されたと説明されていましたが、ロシア側は当初、艦内の火災が原因で弾薬が爆発し、船体に重大な損傷が発生したが、沈没したとは説明しませんでした。しかし、後で曳航している最中に海が荒れていたせいで沈没したと説明を切り替えています。
国民の信頼を裏切るような情報であったにもかかわらず、ロシア政府が損失を認めたのは、隠蔽すべき損失の規模があまりにも大きかったためであると考えられます。このような損失に関する情報は、プーチン大統領とロシア軍の能力に対する国民の期待を裏切るものであり、政治的不満に繋がるでしょう。
政治的不満が戦意の低下に繋がることを避けるために、失敗の責任の所在をアメリカに転嫁することや、ウクライナに対する武力攻撃の範囲や烈度をさらに拡大するかもしれませんが、ウクライナとしてはこれまで通り、着実にロシア軍との戦闘で戦果を積み上げ、ロシア側に戦争継続で自国が被る損害の大きさを認識させるしかないのではないかと思います。
参考文献
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