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論文紹介 国際紛争で中途半端に妥協すると再発のリスクが高まる

交戦国の指導者が直面する外交上の難題の一つは、どのような条件の下で戦争を終わらせることが最適なのかを見極めることです。敵国の指導者と合意をまとめ、形式的に戦争を終わらせることができたとしても、将来的に戦争が再び勃発するリスクがあります。平和を回復した後で敵国は軍備を再建し、作戦の準備を整え、再び戦いを挑む可能性があるので、どのような条件で和平を成立させるかは、将来の世代の安全に関わる重大な問題です。Maozのような研究者は、徹底的に敵を打ち負かした後でなければ、戦争が再発するリスクが高まることを指摘しています。

Maoz, Z. (1984). Peace by empire? Conflict outcomes and international stability, 1816-1976. Journal of Peace Research, 21(3), 227-241. https://doi.org/10.1177/002234338402100303

国際政治では、国家間の利害の対立を調整するため、武力の行使を伴った紛争が発生することがあります。この際に現状に対して何らかの不満を抱いており、戦いを挑んでくる国家の指導者は、現状の維持を図ろうとする国家から譲歩を引き出し、自国に屈服させることを追求しようとするでしょう。ただし、武力の行使には大きな費用がかかるので、その紛争が暴力的になるほど、各国の指導者は戦争を続行するよりも、何らかの妥協によって紛争を終結させる方が有利であると考える傾向が強まります。このような認識を持つことが、指導者に紛争解決に向けた交渉に参加させる圧力となりますが、このこと自体は研究者のイクレによってすでに指摘されていたので、特に目新しい研究ではありません(平和を回復する戦略を考察した『すべての戦争は終わらなければならない』の紹介)。

この論文が独特なところは、紛争の終わり方によって、その後に続く平和の期間に大きな変化が生じる可能性に注目していることです。つまり、和平の交渉に至る過程でどのような行動をとるかによって、将来的に戦争が再開されるリスクを制御することが可能だと考えられています。著者は紛争の結果として明確に勝者と敗者が区別できる場合、そして、その区別によって一方の国家が他方の国家に対して強い統制を加えることが可能である場合、平和の維持に有利な環境が出現すると考えました。これは、戦争の敗者を徹底的に打ち負かし、厳格な統制の下に置くことが、平和の維持にとって望ましい効果が見込めることを意味します。

著者は、このような見方をとることに反対する研究者もいることについても考慮しています。反対意見によれば、終戦において勝敗をはっきりさせ、勝者が敗者を厳しく支配することは、かえって敗者に復讐の意図を強く持たせることになるため、その後の平和を不安定にすることに繋がります。著者は、このような見解があることを踏まえた上で、平和維持にとって最も望ましい紛争の終わらせ方を特定しようとしました。

平和の安定性を定義するために、著者は二国間関係において暴力的な相互作用を伴わない時期がどれほどあったのかを測定するところから始めています。深刻な紛争が終わってから、次の紛争が始まるまでの時間の長さが長くなるほど、両国の平和はより安定的なものであったと評価することができます。紛争終結の結果として、現状変更を図る国家が勝利を収めたのか、それとも敗北したのか、それとも引分けになったのかに注目して、事例を分類しました。それと同時に、紛争の終わり方として正式な合意に到達したのか、交渉が頓挫して膠着に陥ったのか、それとも一方的に解決を強要したのかに応じて、平和のあり方を3種類に分類しています。以上の分類を組み合わせることによって、著者は国際紛争の終わり方を9種類のパターンに分類し、それぞれが発生する条件を探りました。

現状打破国が勝利を収めた事例で、合意に到達したものとしては、1938年のミュンヘン協定の例があります。この協定でドイツはチェコスロバキアの一部領土を自国の領土に帰属させることを要求し、イギリスとフランスは外交交渉の末に、それを受け入れています。明確な合意がないまま膠着に陥った事例としては、1936年のラインラント進駐があり、これはドイツが非武装地帯とされていたラインラントにドイツ軍を進駐させた事件でした。この際にフランスは抗議しましたが、結果として具体的な反撃に出ることはありませんでした。一方的な解決を図ったケースとしては、1968年にソ連がチェコスロバキアの内政に武力で介入した事例があります。いずれの事例でも、現状打破国が目的を達成していますが、それ以外にも、著者は引分けになった事例、敗北に終わった事例をそれぞれ3種類ずつ挙げています。

1816年から1976年までの国際紛争のデータ960件を揃え、著者は無作為に抽出した164件の標本を分析し、統計モデルに基づいて解析しました。その手続きの詳細は省略しますが、著者は平和の安定性が紛争終結がどのように行われるかによって左右されていることを確認し、一方の勢力が他方の勢力を打ち負かした方が、そうでない場合に比べて、その後の平和をより長くすることが可能であり、安定的になることを明らかにしました。和平を成立させる際に、自国と他国の利害を小さな歩み寄りで調整しようとする場合、外交交渉において利害調整はより容易になると考えられますが、そのような手段をとった場合、再び国際紛争が起こるリスクを残すことになると著者は見ています。それは単に平和を短命に終わらせるだけでなく、国際紛争を繰り返させる恐れがあり、事態を長期化させる恐れがあります。

ちなみに、このような枠組みは、現在でも戦争の終結に関する考察で用いられています。日本語で読める文献としては、中央公論新社から出ている千々和泰明氏の『戦争はいかに終結したか』(2021)が挙げられます。この著作でも再発のリスクを許容した上で戦争を早く終わらせるべきか、それとも再発を防止するため、妥協することなく戦争を遂行すべきかというジレンマが検討されています。ここで取り上げた論文も参照されているので、興味がある方は一度手に取ってみられるとよいでしょう。

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武内和人|戦争から人と社会を考える
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