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論文紹介 米国の軍事的優位と世界の平和を脅かす「日和見侵略」とは何か?

日和見侵略(opportunistic aggression)とは、大義名分や主義主張にとらわれることなく、ただ国際情勢の推移から見て自国に有利な状況であるために実施する侵攻をいいます。Brands氏とMontgomery氏は2020年に「21世紀における日和見侵略(Opportunistic Aggression in the Twenty-first Century)」でこの問題がアメリカにとって差し迫ったものになっていると指摘しています。

Brands, H., & Montgomery, E. B. (2020). Opportunistic Aggression in the Twenty-first Century. Survival, 62(4), 157–182. doi:10.1080/00396338.2020.1792129

アメリカは現在、世界で最も強力な軍事力を持つ大国ですが、1正面戦略(one-war strategy)と呼ばれる戦略を採用しています。これは1正面で大規模な戦争を遂行することを基準に軍事力を整備する戦略であり、したがって2正面で大規模な戦争を遂行する事態を想定しません。著者らは、近年の世界の情勢を踏まえると、アメリカは2正面から脅威が及ぶ事態は想定する必要があると主張しており、その理由として日和見侵略の危険が高まっていることを挙げています。

アメリカが1正面で大規模な戦争を遂行しているときに、まったく別の正面で別の国から挑戦を受けた場合、アメリカに対処することはできないので、文字通り1発の銃弾を発することなく後退することを余儀なくされるかもしれません。その結果、侵略国は極めて小さな費用で地政学的な状況を一変させ、有利な態勢を確立することに成功する恐れがあります。

「日和見侵略の脅威に対処するための特効薬は存在しない」ので、アメリカの対策としては、一度に複数の正面で戦争を抑止し、また遂行が可能な程度に国防予算を増額するしかありませんが、著者らは「COVID-19の財政的影響によって、さらに厳しくなる恐れがある資源の制約を考えると、それは実現不可能なように思われる」とも述べており、軍事的に必要な対策を講じることが経済的理由から困難であることも認識しています(Brands and Montgomery 2020: 159)。

これほど厳しい選択を迫られるようになったのは、アメリカが保有すべき軍事力の水準を段階的に引き下げてきたことにあります。冷戦期のアメリカはソ連と中国の脅威を踏まえ、2.5正面戦略、つまり2か国の大国と1か国の中小国との戦争を同時に遂行する能力を構築することを目指していました。しかし、1979年の米中国交正常化で2.5正面戦略は不要とされ、1.5正面戦略が採用されることになり、アメリカはソ連がヨーロッパに対して日和見侵略に踏み切ることを恐れることなく、世界のどこかで小規模な戦争を遂行できることを目指すようになりました。

冷戦が終結し、実質的な脅威が消滅した後も、アメリカ軍はしばらく1.5正面戦略を維持していました。1997年に初めて策定された『4年ごとの国防計画見直し(Quadrennial Defense Review)』で、「アメリカ軍が他の地域に大兵力を駐留させているとき、ある地域の侵略者が誘惑に駆られる事態を回避する」ために重要だと指摘されていました。しかし、この戦略は長続きせず、1正面戦略に切り替えられていきました。端的に述べると、今のアメリカ軍は大規模な戦争を同時に2か所で遂行することを想定していない態勢になっています。著者らはこの問題を指摘し、2020年の時点でアメリカが直面する脅威は増加し、少なくとも3つの異なる正面で5種類の異なる勢力に対する戦争に備える必要が生じたとして警鐘を鳴らしています。

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