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2.肺癌ステージ4からの8年間の生き方

「通りゃんせ、通りゃんせ、ここはどこの細道じゃ、天神様の細道じゃ、ちっと通してくだしゃんせ、御用のないもの通しゃせぬ・・・(略)行きはよいよい、帰りはこわい、こわいながらも、通りゃんせ、通りゃんせ。」

 これは江戸時代から伝わる、わらべ歌です。航海も道を歩くのも同じく至難の技のようです。向かい合った二人の鬼役の子がアーチを作りその下を他の子供達が歌に合わせて列を作ってくぐっていく。歌の終わりに鬼役の子のアーチが降りてきて、その中にいた子供が捕まるという、以前はお馴染みの遊びでした。この奇妙な歌詞についても諸説あるようですが、その背景をたどることはお許し願います。私は子供心に鬼に捕まることが怖かったという記憶とともに歌の最後には何とかアーチの外に抜け出したいと一心に思っていたものです。しかし時折、運悪く捕まってしまうこともありました。

 さて、現在の日本人は一生のうちで二人に一人の方が癌となり(鬼に捕まり)また三人に一人が亡くなっているという現実があります。手術、放射線、薬剤での治療など医学の進歩により少しづつ生存率も伸びているようですが、ある種の癌においてはまだ一桁の生存率であるという厳しい状況は今しばらく続くものと思われます。

 「通りゃんせ、通りゃんせ」

殆んどの人はこのような現実下であっても、「自分は癌にならない」など何の根拠もなく勝手な思い込みで過ごしています。そして鬼(癌)からも何とか捕まらずにすり抜けたいと思っています。しかし、歌が終わると同時に誰かが運悪くアーチの腕の中で鬼から捕まってしまうのです。

さて二匹の鬼は閉じ込めた人をどう扱うのでしょうか。また運悪く捕まってしまった人はなせるがままに身を任せるのでしょうか。日本では心筋梗塞の一〇倍の人が癌で亡くなっています。

否。

おそらく誰もが鬼の目を盗み、できれば脱出したいものと、踠き、抵抗を試みるのではないでしょうか。その為には知識、知恵、心構え、お金のことなど少なからずの準備も必要なのかもしれません。

しかし、準備もないまま、私は人生の「通りゃんせ」で残念ながら「癌」という鬼に捕まってしまいました。原発性非細胞肺癌であり、脳などへの複数個所への転移もありステージⅣと診断されました。当時の5年生存率は5パーセント。大変厳しい状況です。

しかしながら、今日(2022年・年末)までの何とかあと少しで7年半の長い闘い、いや共存期間を迎えることができそうです。

 私は病状によっては踠き、苦しみ、一喜一憂しながらも何とか癌との共存した生活を過ごすことができました。できる限り普通の生活を送れることを最優先と考え、副作用も軽い薬剤処方を求め、QOL(Quality Of Life)の維持に努めてきました。これらを実行できたのも家族は勿論のこと、医師、看護士等の医療従事の方々、また素晴らしき友人達に囲まれ、そして理解ある会社の支えによるものだと思っています。しかし、残念なことに同じ病に罹患した知人、友人、同僚の多くの方が短い闘病期間にてその人生を閉じられてしまわれた事実も受け止めなければなりません。そのような中でときどき私は「何故これまで長く生かしてもらっているのか」と考えることがあります。「もしも私に周りの人たちに何かを与え、また伝えていく役目を期待されているのなら。また万一にそのような存在であるとするなら、いったい何を周囲の人たちに対し成すことができるのでしょうか」

私は常日頃、癌になってしまったことは不運かもしれない。しかし不幸とは思っていません。自分の癌という病に対する捉え方のひとつで今後の人生も豊かにもしていくことができるのではないかと思って暮らしてきました。そこで私のできうる役目の一つとしてこれまでの約8年の間の病の経緯と考え方、私なりの取組み方(標準治療の他に適応可能と思われるオーダーメイド治療法の選択等々)感じたこと、泣いたこと、また憤りに震えたこと等を「たけとんぼの航海日誌」として綴ることで、今現在、もしくは今後癌と向き合わなければならない方、またそのご家族の方達にとって一部分でも参考になって頂けたら幸いと思い、拙い文章と全く医学の知識もない私ですが、筆を執ることにいたしました。

「とんぼ」は前に進んで引くことを知らないことから「勝虫」とも呼ばれ縁起のいい虫として武具の文様にも使われています。しかし時には引くことも必要なのでしょうが。

癌治療も選択したら後戻りができない人生の一発勝負です。先々が見えない綱渡り的な私の体験談を通しての個人的な考え方や感想を述べることで、不快な思いをなさる方達もいらっしゃるかと思いますが、どうかご容赦ください。その方達も私にとってはなくてはならない方々なのですから。

がん治療は「幸せ」と「前向き」な気持ちでいることこそが肝心と思っています。

それでは「出航」です。

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