デザイナーが事業をデザインするうえで知っておきたい基礎知識
まだまだUIデザイナーを欲する企業が多くUIデザイナーが足りていない状況ではありますが、そんな採用ニーズとともに年々、UIデザイナーを目指す学生や若手社会人もが増えており、市場ではデザイナー人口が増加しているように感じています。
みなさんは、どんなところにデザイナーとしてのやりがいを感じていますか?デザイナーを始めた時と今とで、何か変化はあるでしょうか。
以下の4つをみながら、自身がデザイナーとして喜びや楽しみを感じる瞬間を、順番に並べてみてください。
・モノづくりしている時
・ユーザーの感情を動かせた時
・ユーザーが行動した時
・事業を成長させた時
デザイナーでも人によって順番はバラバラなのは当然です。作ることそのものに楽しみを見出している人もいれば、UIデザインを手段に、事業を成長させたい人もいるでしょう。
ウェブサービスやスマートフォンアプリなどは開発する際、UIデザイナーはエンジニアと一緒に進めていくケースがほとんどだと思いますが、UIデザイナーが表層をデザインする役割であることは間違いありません。ですが、はたしてデザインをすることができるのはそれだけなのでしょうか。
そこで今回は、「“事業”をデザインする」をテーマに、私の考えをお伝えします。
ユーザーはどこで価値を感じるのか
そもそも事業では、営利など目的をもって行われる活動で、顧客に価値を提供することで対価をもらいます。つまり事業をデザインすることは、「顧客に提供する“価値”」をデザインすることと言えるでしょう。
では、ユーザーはどのようにこの“価値”を感じるのか、考えていきたいと思います。
ユーザーである「ヒト」は、実物のプロダクトやソフトウェアなどの「モノ」を使うことで「コト(=体験)」が生まれます。
たとえば、自宅でのリモートワークにより長時間座って働くようになったことで腰に痛みを感じるようになり、イスを買い替えました。イスを変えて1〜2日経つと腰の痛みがなくなり仕事がはかどった時に「これ良いイスだな」、「このイスを買って良かったな」と満足したとします。
この場合、「モノ=イス」、「コト=長時間座って仕事をしても腰が痛くならず仕事ができた体験」となります。ヒトの気持ちが満たされ、イスに価値を感じている状態です。
このように、「ヒト」の感情を動かすのは体験ですが、価値として認識するのは、その体験を生み出した「モノ」という構造になります。つまり「コト」は「モノ」によって左右され、機能・UI・品質が影響すると言えるでしょう。
時代における価値の変遷
では、ユーザーの価値そのものはどのように変わってきたのでしょうか。時代の流れに沿って見ていきましょう。
1960年代の日本は高度経済成長期で、1964年の東京オリンピック開催に向けた社会インフラの整備によるオリンピック景気などにともない所得が増加し、日本の生活習慣が大きく変化したそうです。冷蔵庫や洗濯機など家電製品が生活必需品になったり、テレビや電話機が多くの家庭に普及しました。1960年代の主流は、低価格大量生産。技術革新と大量生産により市場にさまざまな新しい商品が出回るようになり、生活の中で役に立つ有用性に価値を感じる「使用価値」の時代でした。
1970年代後半になると、電子制御技術が向上し、複雑な機能を持つ多機能家電製品が登場。娯楽家電なども電子化され、レコードがCDに変わっていきます。バブル景気もあり高級化・高機能化された製品が普及し、ほかにはない新機能を開発できれば売れるなど、利便性に価値を感じる「機能価値」の時代になります。
1980年代後半から90年代は、通信機器も家庭に普及しはじめ、軽量でありながらおしゃれでスタイリッシュな携帯性製品が登場。iMacの登場に象徴されるように、意匠性に優れる国外製品の愛好者が生まれたのもこの時期だそうです。ファッションと同じように「カッコいい」、「おしゃれ」といった情緒性に価値の重きが置かれる「スタイル価値」の時代です。
2000年後半に登場したのは、後発でありながら価値観や信念を込めた製品。iPodやRedbullに代表されるものです。その価値観や信念をストーリーとして伝えていくことで共感が生まれ、ユーザーにとってその製品が“特別”な存在となりファン化につながります。インターネットやSNSの力も加わり、ファンがストーリーを広げていく意味性で価値が伝わっていく「物語価値」の時代が現代といえるでしょう。
といっても、いまの時代に大切な「物語価値」だけを作ればいいわけではありません。大切なのは、ここで挙げた価値をひとつずつ加えていくことです。では、このそれぞれの価値は、どこまで深く考えるべきなのでしょうか。
価値提供の深度
Jesse James Garrett 氏の著書『Elements of User Experience』で紹介されているUXの5階層を引用すると、体験をデザインするには、戦略から表面まで幅広くデザインする必要があることがわかります。
ユーザーに価値を提供するには、ユーザーニーズを把握して製品やサービスを作る目的を定めるところから、実際にユーザーの目に触れ操作される表層部分までのすべてをデザインすることになります。そして、上の層は下の層に支配されているので、いちばん深い戦略からデザインをすることが不可欠です。ではこの深い部分は、どのように考えていけばいいのでしょうか。
価値実感のプロセス
事業を作り上げていくためには、まずどの業界にどのような価値があるのかを発見する必要があります。4つのフェーズごとに、順番に見ていきましょう。
1.価値発見フェーズ
ユーザーニーズや課題は何か。そしてそれは解決可能なのか、などを試行錯誤しながら、どこにどんな価値があるのかを見つけていきます。1対1の面談形式でユーザーの深いニーズや要望を聞き出す「デプスインタビュー」やユーザーの行動を詳細に観察し問題やニーズを発見する「エスノグラフィー調査」、アイデアをカタチにして素早くユーザーからフィードバックを得るための「プロトタイピング」などいろいろな手法を試してみると良いでしょう。
2.価値表現フェーズ
無事に提供すべき価値を見つけたら、機能やUIを使って表現し、その価値が感じられるような形でプロダクトに落とし込んでいきます。プロダクトマネージャーを中心に、デザイナーとエンジニアがUIや機能、インタラクションやアニメーションなどのディテールを制作していきます。
3.価値伝達フェーズ
もちろん作っただけではユーザーに使ってもらえません。プロダクトやサービスの存在をユーザーに伝え、興味や関心を持ってもらうことで初めてユーザーは使い始めます。製品やサービスにまつわるコミュニティを形成したりSNSを運用したり、リアルイベントを開催するなど、ユーザーにそのプロダクトが持つ価値を伝えていきます。
4.価値継続フェーズ
長く使い続けてもらえるようユーザーとコミュニケーションをとったり、カイゼンしてより良いモノに変化していくことも重要です。カスタマーサポートのメンバーがユーザーに寄り添ったり、問い合わせやアナリティクスの数値を見ながらカイゼンすることで売上がアップし、ひいてはそれが事業の継続につながっていくはずです。
これら4つのフェーズがひとつにつながった時に「プロダクトやサービスの“価値提供”が成立している」というのが私の考えです。掲げたビジョンに近づいている状態とも言えるでしょう。
事業をデザインするために不可欠な事業ドメイン知識とは
ユーザーを深く理解し、実現可能な仕組みやそれを支える技術があるだけではなく、その“事業領域特有な知識”も不可欠です。これを私は「事業ドメイン」と呼んでいます。
組織開発や人材の領域でいえば組織論や採用学、金融業界ならお金の仕組みや法律など、その分野ごとに必要な知識は異なりますが、この事業ドメインの知識があることで、本記事で挙げてきた「価値」をよりクッキリさせ、さらに深い価値を作りだすことが可能になります。
デザイン経験をブログなどにアウトプットする人が増えたこともあり、デザインに関する情報やノウハウから学びを得られることは増えましたが、まだまだ事業ドメイン知識を見かける機会は少ないように思います。書籍や論文などでそういった知識を理解していくことが、UIやUXのデザインにも活きてきますし、事業をデザインすることにもつながっていくはずです。
もし事業をデザインする機会があれば、今回の内容を参考に、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
【参考】
UXデザインの上流工程の考え方とプロセス~リサーチからアイデア発想そしてUIデザインへ
濱口秀司氏が語る『ストーリー、意味性』のインパクト
The Elements Of User Experience
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このnoteは、2021年2月にCreatorZineへ寄稿した記事の転載をベースに少しだけ書き直したものになります。
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