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ありがとう、ホオジロ


「ただいまー」
元気よく小学校から帰宅した少年、名前は翔太。
「おかえり翔太」
優しく迎えてくれる母。
「おう翔太、帰ってきたか。
ちょっとこっちに来てみ」
父がにんまりしながら翔太に言う。
翔太は父のもとへ駆け寄ると、
そこには鳥の雛がいた。
「うわぁ!可愛い!」
4匹の雛が口を大きく開けピヨピヨと鳴いている。
「これどうしたの?」
翔太が父に聞くと
「畑で仕事してたら見つけたんだ。
 ホオジロっていう鳥だと思うよ」
とのこと。
「ご飯あげてみるかい?」
「うん!」
父の言葉に目を見開いて満面の笑みで答える翔太。
半固体状の茶色のドロドロしたものを箸に付け、雛の口元へ近付けると勢いよく食べるホオジロの雛。
翔太はそれがたまらなく嬉しく何度もご飯をあげた。

翌日、翔太は学校から猛ダッシュで帰宅し、すぐさまホオジロのもとへ駆け寄る。
「ただいま!今からご飯あげるね」
そうホオジロに話しかけ、ご飯を作り始める。
ご飯の作り方は前日、父に教えてもらっていた。
ホオジロ達は今日も口を大きく開けて元気にご飯を食べている。
翔太は嬉しさのあまり、その光景に目を奪われている。
4匹の雛に名前を付け、1匹1匹に順番に話しかけ、ホオジロとの時間を過ごす。
翔太は幼いながらも親になった喜びと命を養うという責任を感じていた。
1匹だけまだご飯を欲しがるホオジロがいたので箸を近付けたら、辺りが一瞬まばゆい光に包まれ、翔太の手に電気のような痺れが走った。
「うわっ!」
翔太は驚き、箸がホオジロのクチバシに当たった。
そのホオジロをよく見るとクチバシのとこにアザみたいなのを発見する。
不安になった翔太は父に
「お父さん、なんかいきなり周りが光ってホオジロのクチバシにアザみたいなのができた」
と尋ねると、
「どれどれ」
と父がホオジロを観察する。
「なんだろねこれ。
傷じゃないみたいだし、特に気にする必要はないんじゃないかな。
でも気に留めておこう」
と返す父。
翔太は不安を拭いきれなかったが、父の言葉を信じた。

その翌日も同じように学校から猛ダッシュで帰り、ホオジロのいる場所へ行くとホオジロが見当たらない。
辺りを見渡すもホオジロの姿はなかった。
翔太は急いで父のもとへ行き
「お父さん、ホオジロはどこにいるの!?」
慌てた様子で聞く翔太。
すると
「ホオジロは元居た場所に返してきたよ」
と父は返す。
「なんで!?どうして!?」
翔太は興奮している。
「翔太が喜ぶと思って持って帰ってきたけど、やっぱり親のもとで過ごさないと可哀想だからね。勝手に持って帰ってきてお父さんも反省してるよ」
残念そうな表情で父はそう言った。
「嫌だ嫌だ!」
翔太は納得できない様子で叫んでいる。
「いいかい翔太。
翔太もお父さんとお母さんと離れ離れになったら淋しいだろ?
お父さんもお母さんも翔太がいなくなってしまったら、とても悲しくなるよ」
穏やかな雰囲気で翔太を宥める父。
「う、うん、わかった」
翔太は頭では理解できても、ホオジロがいない現実をすぐには受け入れることができなかった。

その夜、翔太は食欲も湧かず、部屋でずっと俯いていた。
「翔太、お風呂入っておいで」
母が優しく話しかける。
「うん」
言葉を発したか発してないのか分からないくらいの小さな声で翔太は返事をした。
湯船に浸かりホオジロ達と過ごしたことを思い出す翔太。
翔太の目から大きな涙が零れ落ちる。
涙はとどまることなく溢れ続け、呼吸もできないくらいの嗚咽も重なり激しく号泣した。
翔太にとって、耐え難い悲しさだった。
それからしばらくは、いつもの元気が無い日々を過ごす翔太。
普段の生活に戻るまでは時間を要した。


20年後。
翔太は大人になり、会社員として普通に暮らしている。
「プルルルル」
電話が鳴ったので出ると、
学生時代からの友人だった。
その友人とはしばらく会っていなかったので、会う約束をした。
後日、友人宅へ行く翔太。
「おう!久しぶり!翔太」
友人は出迎えてくれた。
「お邪魔しまーす」
友人の部屋へ行くと、そこには鳥がいた。
「鳥、飼ってるの?」
翔太は友人に尋ねた。
「うん、最近飼い始めてね」
と返す友人。
その鳥を見て、翔太はホオジロのことを思い出した。
鳥は全然詳しくないので友人が飼ってる鳥がなんの品種なのかは分からない。
なんとなく鳥に興味を持った翔太は、隣町に鳥類センターがあることを思い出し、すぐさま向かった。

鳥類センターはちょっとした動物園みたいなものだった。
一般的な動物園に比べ、色んな動物の種類は少ないが、鳥類は多い。
羽を大きく広げた孔雀もいた。
ひと通り見て廻ると翔太は思い立った。
「鳥に関する仕事がしたい!」
と。

帰宅し、ネットで調べてみると、
『自然保護協会』
という団体が存在することを知る。
自然を守ること、動物の生態系を維持したりするのが目的のようだ。

翔太はさっそく自然保護協会に問い合わせた。
詳細は直接会ってからということで、協会の支部へ向かうことにした。
支部で詳しい内容を聞くと、迷わず入会を希望し、翔太は入会した。

後日、環境整備を行うということで、森林のゴミ拾いや草むしりに赴く翔太。
風で木々が揺れる音、鳥の鳴き声など肌で感じた。
活動が終わり、支部の男性『蒼井 』と会話していると、その蒼井は鳥を飼っているとのこと。
過去にホオジロを可愛がってた件を伝えると蒼井は感心し、こう発した。
「俺が飼っている鳥はホオジロだよ。
見にくるかい?」
「行きます!」
翔太は食い気味で答えた。

「お邪魔します」
蒼井宅に着き、家にあがる翔太。
蒼井の部屋に入ると、花瓶に生けてある花や観葉植物など自然に関するものが多く、鳥籠の中にホオジロがいるのが目に入った。
「これが俺の愛鳥のホオジロ、名前は永遠(とわ)だよ」
蒼井はホオジロを紹介してくれた。
「素敵な名前ですね。
名前の由来とかあるんですか?」
翔太は尋ねた。
「以前飼ってた鳥が病気で亡くなってね。
次はずっと長く一緒に居たいから永遠と名付けたよ」
と蒼井は答えた。
永遠は籠の中を激しめに飛んでいる。
「珍しいな、おとなしい性格なはずなのに」
蒼井は不思議そうな表情を浮かべ、続けてこう言った。
「時々、外の空気を吸わせてあげてるから、永遠を連れて近くの公園へ行こうか」
蒼井は鳥籠を抱え、翔太と共に家を出た。

公園に着き、ホオジロのことや自然保護協会のことなど、翔太と蒼井はたくさん話した。
翔太が永遠に顔を近付けてよく見ていると、クチバシのとこにアザみたいなのがあるのを発見する。
「蒼井さん、このアザって、、、」
翔太がそう発した瞬間、辺りが強い光が降り注いだ!
鳥籠の中から飛び出す永遠。
光が収まり、目を開けると永遠は蒼井の肩に乗っていた。
「翔太さん、初めまして」
蒼井の口から発した言葉は、どう見ても蒼井の意思ではない。
「私は20年前、あなたにとても可愛がっていただいたホオジロの子孫です。
蒼井さんの身体を通じてあなたに話しかけています。
あなたの深い愛情に先代はとても喜んでいたと聞いております。
突然、我が子が居なくなった親鳥は絶望したとのことですが、あなたにとてもよくしていただいたことを子供から聞くと憎んでなどいなかったそうです。
人間の温かさに触れて、優しい子供に育ったと。
いつの日か翔太さんと巡り逢える日まで、このことは代々紡いでいくつもりでした。
ようやく出逢え、そして伝えられたことを嬉しく思います」
その言葉を聞いた翔太は、目に涙を浮かべながら
「ありがとう。
当時、突然の別れになってしまったのが凄く悲しかった。
過ごした時間は短かったけど、気持ちが伝わっててよかった」
翔太は微笑みながら安堵した。
「そろそろお別れの時間です」
永遠はそう言い、蒼井の肩から飛び立った。
永遠はうっすらと青い光を放ちながら8の字に飛び回っている。
それは翔太とホオジロの想いが永遠(えいえん)に続いていくのを示しているかのようだった。

「あれっ」
蒼井が正気に戻ったようだ。
「俺、なんか一瞬意識失ったような気がしたような」
蒼井が不思議そうにボソッと言う。
「そんなことないですよ。
でも蒼井さん、ありがとう。
あなたのおかげで素敵な体験ができましたから」
「なんのことだい?」
「内緒です」
翔太は温かい表情で、上空を飛び回る永遠を見つめていた。

10年後。
翔太は結婚し、子供を4人も授かった。
子供の名前は、かつてホオジロの雛に名付けた名前と同じ名前にした。
きっととても思いやりのある優しい子供に育つことだろう。
なにしろホオジロの想いが詰まってるのだから。
翔太がふと外を見ると、青い光を放ちながらホオジロが飛んでいた。

「ありがとう、ホオジロ。
あなたのおかげで、俺は幸せに暮らせてます」

翔太は家族の笑顔を見ながら、そう心の中で言ったのであった。
翔太にとってホオジロは、幸せを運ぶ青い鳥だったのかもしれない。

#創作大賞2024
#エッセイ部門

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