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まっする2 後記

「2.5次元ミュージカルをやろうと思うんだけどどう思う?」

ひらがなまっする2の10日前にマッスル坂井先輩からそんな電話がかかってきた。

コロナの影響はいよいよ緊急事態宣言という、世紀末を連想させる聞き慣れない宣言が政府から直々に下るほど、事態が悪化してしまった。プロレス界はもちろん、我々スポーツ業界、エンターテイメント業界は大打撃を通り越して、破滅寸前と言っても過言ではない。数ヶ月前までは、当たり前のようにリングを設営し、入場して、相手を己の拳で殴り、投げられてはマットに叩きつけられていた。
その我々にとっての当たり前の日常が、送れていない現状がある。

DDTプロレスリングは自社の動画配信サイトであるDDT UNIVERSE(現 WRESTLE UNIVERSE)で、週に1度のペースで無観客試合を配信していて、まだプロレスを届けることはできているが、正直な本音を言うと、やはり無観客の中で身体を酷使して闘うというのは、肉体的にも精神的にも辛い。お客さんの声援はもちろん、視線でさえもこんなにも力になっていたんだ、と感じる。プロレスラーは見られることで、アドレナリンを放出しているようだ。

3月の自粛ムードの中、一度だけ興行再開の流れがきた。私自身、後楽園ホールでの田中将斗選手とのタイトルマッチが控えており、翌週にあるひらがなまっするも予定通り開催ができるのではないかということになった。

田中将斗戦についてのインタビューを受ける中、珍しく私の電話が鳴った。
それは、マッスル坂井先輩がプロレスのことでわからなくなったら、まるでGoogleで手軽に検索するかのように、答えを聞いてくる電話であった。(たまにある。)

今回のひらがなまっするの内容についての相談で、正直目前に迫っている田中将斗戦に集中させてくれ!と喉元まで出かかったが、いつも大変美味しいグルメをご馳走していただいてることを思い出し、通話を続けることにした。

そこで提案されたのが2.5次元ミュージカルをプロレスでやること。
ただ、ひらがなまっするにはそもそもの2次元にあたる原作がないからそれも今から作ると。あと、2.5次元というワードは諸事情で使えないから2.9次元としてやると。

ほぼ3次元やないか。と、心の中でツッコミながらもそれを電話越しに聞いているだけでめちゃくちゃ面白く、その瞬間はコロナの不安を微塵も感じなくなっている自分に気付いて、もしかしたら今回のひらがなまっするは、お客さんに本当の意味で力を与えることができるんじゃないかとその時思った。

今回は、前回より少し早い段階から稽古が始まった。
田中将斗選手との激闘の直後で、何発ものエルボーをもらったダメージは言うまでもないが、私には"擬人化した投げ技の神"思切投太郎という重要な役が任されていた。

ミュージカルには欠かせない、歌のレコーディング(RAM RIDERさんの神がかりなプロフェッショナルレコーディングを間近で体験させてもらう)や、振り付けの練習と、とにかく大変だったが、みんな時間を忘れてやっていた。

そう、言うならばレスラーのテンション的には学生時代の文化祭にちょっと近い。坂井さんクオリティーや、RAM RIDERさんの楽曲、佐古さんと福田さんの映像などはもちろんプロ業の塊で、我々の妙技なレスリング技術もプロフェッショナルなのだが、みんなで一生懸命稽古する姿や、手探りで創っていく光景は、文化祭という晴れ舞台に向けて、まっすぐ突き進む、憧れの青春を思い出さずにはいられない。

多分、そんな理想的な文化祭を実際の学生時代は送りたくても、不器用なばかりに送れなかったメンバがー俺たちひらがなまっするなんだと思う。
少なくとも思切投太郎役の竹下幸之介は、学生時代は尖るのがかっこいいと超思ってて、クラスのみんながお化け屋敷の出店をする中、全く準備から当日の運営にも関わらず、廊下でブルーシートを広げて、"インチキ手相占い"(金券2枚)、適当に思い付いた怖い話を聞かせる"オオサカホラーストーリー"(金券2枚)、昨日調べた4つのツボを押して痛いところを治す"リカバリーボディ"(金券4枚)を違法出店して、その金券を実行委員会に返金。毎年、そこそこ稼いだ。

舞台で、歌うバンドや、みんなで芝居をやったり、ハイスクール漫才で結果を残した2人組が爆笑をかっさらっている人たちが表舞台だとすると、それを片隅で見て唇を噛みしめていた俺はアンダーグラウンドそのものだった。

その時の憧れの残像を少しだけ追いかけながら、その何十倍、何百倍の環境を整えてくれるひらがなまっするに俺たちは全力で青春をぶつけていく。なりたい自分になるために。

試行錯誤しながら挑んだ初公演「必殺技乱発~新木場ユーズ・ユア・イリュージョンⅠ~」は手応えを感じざるを得ない、最高の出来栄えとなった。ぜひDDT UNIVERSEで見てもらいたいのだが、この公演の最後に行われたドリームボーイ今成vsプリンス納谷の再戦にはミュージカルといえども台本はなく、今の自分たちが置かれている状況に対しての気持ちをぶつける試合となった。試合直前、悪徳秘書役を演じていたユウキロックさんがプロレスファンを代表して、気持ちをこれから闘う2人に吐露するのだが、その時セコンドで見守っていた、私を初め数人のレスラーは、この試合の後からは、また自粛の波を受けて、数ヶ月は無観客試合になることに感づいており、お客さんの前で試合を見せるのはこの2人がひとまず最後になると気付いていた。
だからこそ、自分たちがその場に上がってお客さんにプロレスを見せたい気持ちを必死にこらえながら、涙を流しながらもジッとリングを見守っていた。

そして、興行からの帰り道。ふと、考えた。

「もし、自分が地球最後の日のメインイベンターだったらどんな試合するだろう?」

きっと、必殺技乱発するかな。

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