日本全国から採話した高密度・実話怪談シリーズ第4弾『一〇八怪談 濡女』川奈まり子 著者コメント+冒頭1話試し読み
戦慄の怪談・奇譚が108話
あらすじ・内容
日本全国から採話した高密度・実話怪談シリーズ第4弾
怪談作家・川奈まり子が恐るべき数の取材で得た、短くも濃厚濃密な怪異を綴る人気シリーズ第四弾。
・砂浜で全身濡れそぼった女と現れた男友達、その後…「ぬれをなご」
・高熱にうなされる娘が蠢いている。掛け布団を捲ると…「白蛇を解く」
・幼い息子が突然、しっかりした口調で話し始めた内容は…「神のうち」
・職場を辞めた天涯孤独な男性が現れたのは…「最期の居場所」
・幼い頃の初恋。その切なくも奇妙な末路「夢枕の恋」
・新居で起こる怪異の数々「ドアに刺さっていた」
・前作『実話奇譚 邪眼』収録の「鯉」の驚愕の後日談「鯉 魚腹に葬らる」など怒涛の108編+1話!
著者コメント
試し読み1話
第一話(序) ぬれをなご
高知県四万十町に、美しい白砂の海水浴場がある。三〇年近く前の夏、当時二〇歳の幸彦さんは、高校時代の仲間A、Bと連れだってその海岸を訪れた。
灼けた砂が足の裏に焦げつく、暑く乾いた日であった。三人はしばらくパラソルの日陰でビールを呑みつつ馬鹿話に興じていたが、やがて退屈したBがゴムボートを借りてきた。
見れば、子どもが遊ぶような小さな黄色いゴムボートだ。Aと幸彦さんは笑った。
「そがなん借りてきて、どうするがよ?」
「女の子と乗るがぜよ。その辺の子に声を掛けちゃるき、まあ、見ちょけ」
「魚じゃあるまいし、そう上手う女の子が捕まるかよ」
Bは二人を尻目にボートを抱えて海へ向かった。幸彦さんたちは、浅瀬でボートを漕ぐBをしばらく目で追っていたが、そのうち飽きて、一〇分間ほど彼から目を離した。
そして何気なく視線を戻すと、Bのボートに若い女が乗っていた。
濡れた長い髪が陽光を跳ね返している。曲線的な体のシルエットが艶めかしかった。
幸彦さんたちはBの快挙に興奮し、熱い砂を蹴立ててそっちの方へ走っていった。
Bは腰まで水に浸かってボートを曳いていた。明らかに砂浜へ戻ろうとしている。
だが、不思議なことに、女を乗せた黄色いボートもろとも、どんどん沖へ離れていく。
加速度をつけて遠のく。幸彦さんが波打ち際に着いたときには、姿が見えなくなっていた。
監視員に探してもらったが見つからず、もしかして……と思って、乗ってきた車を停めていた駐車場に行った。すると、ちょうどそこへBが女と手をつないで、うっそりと現れた。
心配した分、腹が立った。しかし、Bたちのようすが怪しい。
揃って仮面のような大きな笑顔。おまけに、ここは海からだいぶ離れているのに、女は全身濡れそぼっていたのだ。気を呑まれていると、自分はもう少し彼女といるから先に帰ってくれとBに言われた。そこで結局、Bと女を駐車場に残して、Aと二人で帰った。
Bはそれきり家に戻らず、一週間後に、その海岸で溺死体となって発見された。
数時間前に亡くなったばかりの遺体だと聞かされたが、駐車場で別れてから何日間も経っていた。あの後、Bはあの女と一緒にいたと思われた。しかし幸彦さんとAは、女の顔や服装をなぜか思い出せず、あれからBの身に何があったかわからずじまいになった。
――古来、九州や四国に伝承される妖怪の一つに「ぬれをなご」というものがある。
それは水に濡れた姿で海辺に現れて、目が合うと笑いかけてくるが、うっかり笑い返すと、死ぬまでつきまとわれるという。
―了―
◎著者紹介
川奈まり子 (かわな・まりこ)
八王子出身。怪異の体験者と土地を取材、これまでに5000件以上の怪異体験談を蒐集。怪談の語り部としてイベントや動画などでも活躍中。単著は「一〇八怪談」「実話奇譚」「八王子怪談」各シリーズのほか、『実話怪談 穢死』『赤い地獄』『実話怪談 出没地帯』『迷家奇譚』『少年奇譚』『少女奇譚』など。共著に「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」「現代怪談 地獄めぐり」各シリーズ、『実話怪談 犬鳴村』『嫐怪談実話二人衆』『女之怪談 実話系ホラーアンソロジー』など。日本推理作家協会会員。