小説投稿サイト〈エブリスタ〉×竹書房が選ぶ最恐小説大賞受賞作!孤島の怪奇ミステリー『かぎろいの島』あらすじ紹介&冒頭を公開!
小説投稿サイトエブリスタ×竹書房が推すホラーの頂点
第3回最恐小説大賞受賞作は、孤島の怪奇ミステリ―!
あらすじ紹介
天天涯孤独の小説家・津雲佳人の元にある日届いた、伯母を名乗る人物からの手紙。
そこには幼い佳人と、十数年前に自死した若き頃の父の写真が同封されていた。
一度あなたの故郷へ来てほしいという伯母に、
佳人は九州南西部の孤島・陽炎島に渡る。
しかしそこは地元の者も近寄らぬ禁域、異人殺しの伝説が残る忌まわしき島だった。
島では異人の魂を弔う秘密の神事が行われており、
その神事を担うのが佳人の一族・白(つくも)家であるという。
現在は佳人のいとこにあたる、みのり、ハル、セイの3人がそのお役目を果たしている。
父はなぜ幼い佳人を連れて島を出たのか? 母は?
様々な疑念が渦巻く中、島で起きる殺人事件、奇怪な祭り。
犯人は異人の亡霊なのか、それとも……。
閉ざされた島で起きる戦慄の惨劇、ヴァナキュラーな孤島の怪奇ミステリー!
*
「あそこは異人殺しの島ですよ」
昔、陽炎島に鬼の一族が漂着した。
島民は金品と引き換えに上陸を許し、その夜、歓迎の酒宴を開いた。
宴は異様な盛り上がりを見せ、ついに島民達は酔った勢いで鬼達とまぐわってしまう。
翌朝目を覚まし我に返った島民は、鬼達が眠っている隙に彼らを惨殺し、金銀財宝を奪って死体を山に棄てた。
「その鬼が異人であると?」
「さあ。ただその亡霊が彷徨うんです、今も」
著者コメント
本文冒頭(序章)公開
序 章 ――一九九八年十二月
それは家族写真だった。
中央に着物姿の男を捉えている。青年期特有の強気な三白眼、すっと通った鼻筋、女のように華奢な首元。
男は、若い頃の父親だ。
両脇を幼い子どもに挟まれ、ぎこちなく微笑んでいる。
父の左脚に纏わり立つ少女――白い丸盆を持ち、真っ直ぐにこちらを見つめている。肩で切り揃えられた髪。子どもらしくふっくらした頬の輪郭。まるで日本人形のように可愛らしい風貌であるが、彫りの深い両瞳だけはどこか異国情緒を感じさせた。
その反対側で所在無げに佇む少年は、幼少時の自分だ。脱いだ草履を踏ん付け、カメラから逃げみたいに逸らされた眼付き。こうして並び立つと、自分は父によく似ている。
彼は写真を机上に置いたまま、落ち着かない様子で手狭なワンルームを右往左往としていた。書物がびっしりと詰まった棚から一冊の本を抜き取り、無造作にページを捲ったかと思えばすぐに閉じ、書棚には戻さず机上に置く。 本の表紙には現代アート風に記号が散りばめられ、三、四人の人間が寄り添った画が描かれている。
二年前、とある小さな出版社から世に出された彼の処女作。
――『ファミリーフォトグラフィ』、津雲佳人。
佳人は家族写真を眺め、苛立ち混じりの息を吐いてから本の表紙に目を遣った。どちらも家族の肖像ではあるが、その性質は大きく異なる。
現実の家族と、虚構の家族――いや、佳人にとってはどちらも虚構だろう。
見知らぬ少女。
物心付く前の自分。
そしてなにより――柔和に微笑む父。
写真の父は、佳人が知るどの顔とも合致しない。記憶の中の父といえば酒に酔った赤ら顔か、暴力を振るうときの鬼の形相、そして幻覚幻聴に怯える泣きっ面。酒と妄想と暴力に溺れた挙句に亡くなった、糞ったれの親父だ。
母は生まれる前からいなかった。母の所在を尋ねると父は決まって機嫌を損ねるので、佳人は母なんぞはじめからいなかったものと思うようにしていた。
佳人に温かな家族の思い出はない。
そんな佳人が上梓した小説は、彼が空想の中だけで組み上げた架空の家族の物語だった。
ありふれた日常と幻想的な自然描写のドラマティックな調和が話題を呼び、出版社の予想を裏切って徐々に売上を伸ばした。無名の青年による処女作は、ベストセラーとまでは言わないまでも性別問わず幅広い年齢層に読まれる運びとなり、映画の制作も決まっている。公開は二十一世紀を迎えてからになるそうだ。
出版社の編集担当である小ま車結子から連絡があったのは、先週末のことだった。
業務連絡のEメールに目を通し終えたあと、佳人はぎこちない指の動きでキーボードを叩き、消しては打ちを繰り返し、なんとかメッセージを書き上げて返信した。Eメールとやらには未だ慣れない。最初に印税をもらった際、小車の強い勧めでパソコンを購入したもののいまいち馴染まず、小車とのやり取り以外で役立てた試しがなかった。普段はほとんど置物と化している。たかだか短い用件のために一生懸命キーボードを打つよりさっさと電話を掛けた方が早いのではと思う。
師走の慌ただしい時季であることを考慮し、不急である旨を文末に書き加えた。
送信してから二十分後、家の電話が鳴った。
「もしもし、津雲?」
溌溂とした威勢のいい声――小車だ。
「なんだ。せっかく頑張ってメールを打ったんだから、パソコンで返事してくださいよ」
「いいだろ、別に」と小車はぶっきらぼうに返す。「質問の件だが、仕事内容は写真撮影だけ。取材はなし。それと――交通費は会社が持つ」
小車の最後の一言に、「よろしくお願いします」と上機嫌に答えた。
「メールを確認してくれたってことは、また休日出勤ですか?」
「そう、参っちゃうよ。せめて会社がノートパソコンを支給してくれたらいいのにな。それなら家でも仕事ができる。まあ、今日はあたしからも連絡したいことがあったんでちょうど良かった」
小車は平日、休日の昼夜を問わず連絡を寄越す。多忙なのだ。泊まり込みも珍しいことではないらしく、会社勤めと縁遠い佳人にとって想像も及ばない生活だ。
彼女とは小説が最終選考に残って以来、かれこれ三年近くの付き合いになる。はじめこそ彼女のざっくばらんな物言いに委縮していたが、今では軽口を叩き合える程度に親しくなった。
小車は佳人より五つ年上である。荒っぽい言葉遣いは男社会で舐められないための処世術なのだ――とは彼女自身の弁だが、佳人からすればそんなものは建前で、元来の気性が発現しているだけなのだろうと思う。良く言えば豪胆で、悪く言えば粗暴。風の噂では彼女の態度が原因で作家の担当を外されたことは一度や二度ではないと聞く。
彼女は「聞いて驚くなよ」と前置きし、本題を切りだした。
「また重版が決まった」
「本当ですか」
「ああ。我が社にとっちゃ異例の大ヒットだ」
珍しく小車の声が弾んでいる。
「ノストラダムスの大予言や芸能人のエッセイ本には敵わない程度の、大ヒットですね」と皮肉ると、「お前、たまには素直に喜べよ」と小車が苦言を呈した。
「あと、ファンレターが溜まってる。近いうちに取りに来てくれないか」
「へえ。類は友を呼ぶってやつですね」
「どういう意味だ?」
「暇な人間のファンも暇なんだなって。いくら手紙を書いたって金にならないのに」
小車のため息が電話越しに大きく響いた。
「暇ならさっさと次を書け。――そういや一通、気になる手紙があったぞ」
「なんでしょう。出会い目的ならお断りですが」
口調は茶化したが、これは冗談で言っているのではない。たまにあるのだ。本人の経歴書と、お見合い写真付きのファンレターが。まずは文通からといってご丁寧に返信用切手まで添えてくれる人もいて、真剣さに頭が下がる。もちろん佳人が応えることはない。結婚願望など蟻の体躯ほども持ち合わせていないのだから。心温まる物語を綴る著者は、さぞや人情味あふれる人物に違いないと期待されているのだ。まったく見当違いも甚だしい。スプラッタ小説の著者が暴虐な人間であると決め付けるのが愚かな偏見であるように、その逆も然りである。
「出会い目的っちゃあ、出会い目的かな」と小車は歯切れが悪い。「津雲は、親戚はいないんだったよな」
「ええ」
小車の言う通り、唯一の肉親だった父には親戚と呼べるような人間は一人もおらず、父の死後は児童養護施設にて育った天涯孤独の身の上だ。父の故郷はおろか、自分の祖父母にあたる人物についても一切知らない。
「実は、津雲の伯母と名乗る人間から手紙が届いているんだよ。差出人はシロ・エリコと読むのかな――知ってるか?」
聞き覚えのない名前だった。小車が続けて読み上げた住所も、東京育ちの佳人には縁がない九州の土地である。
「まったく心当たりがないですね」
「じゃあ、きっと悪戯だな。とはいえ本物の可能性もなくはない。今度打ち合わせのときに見せるよ。そうだ、家族写真が同封されていたんだ。この子どもがまた津雲に似ているような、似ていないような……」
「家族写真?」
佳人は、つい興味を惹かれた。
たとえ悪戯だとしても、家族写真まで偽装するとは手の込んだ仕掛けじゃないか。作家ならではと言うべき邪な好奇心が湧き上がる。一体全体どんな暇人なのか。それと同時に――もしかしたら本当に――と気持ちが僅かに騒ぐ。まさか。それはないだろう。
週明けにそちらに出向くと小車に伝え、電話を切った。
そうして出版社を訪ねたのが昨日のことだ。小車が定時間際まで会議だというので、終業時刻を過ぎてから顔を出すことにした。出版社のビルは地下鉄の駅から徒歩十分程度の距離にある。
地上に出るとすっかり日が暮れていた。クリスマス一色に染まった夜の街。路面店のショーウィンドウは金銀赤緑色に装飾され、街路樹には金色に点滅する電飾が巻き付けられ、スピーカーはクリスマスソングの安っぽいアレンジを繰り返し流す。
――どこにも逃げ場がない。昔から、街全体が浮き足立ったこの季節特有の雰囲気が苦手だった。どうにもうんざりとした気分にさせられる。
仏頂面で闊歩する佳人の脚に、よそ見をした子どもが真正面からぶつかった。ぽかんとして佳人を見上げる幼い顔に「邪魔だよ」と吐き捨てる。親が慌てて子どもを抱え上げ、悍ましいものでも見るような表情で佳人から遠ざけた。
ますます鬱屈とする。
出版社の受付にも小さなクリスマスツリーの模型が飾られていた。待つこと数分、ワイシャツに派手な蛍光色のパーカーを羽織った小車が現れた。前回会ったときにストレス発散で染めたと言っていた金髪は、すでに伸びて根元が黒い。編集担当ではなくどこぞのヤンキーだと紹介されても疑わないだろう。
打ち合わせの席につくやいなや、小車は口にガムを放り込み「その顔の痣はどうしたんだ」と凄んだ。
「まさか、また――」
「違います。家でぶつけただけです」
肩を竦めてとぼけると、小車はテーブル越しにぐいと佳人を抱き寄せた――のではなく、佳人の首に腕を絡めた。鼻先にブルーベリーガムの甘い匂いが漂った直後、容赦なく呼吸を妨げられる。慌てて卓上を三回叩いてギブアップを伝えると、小車は愉快そうに笑いながら腕の力を緩めた。彼女は大のプロレス好きで、自身も趣味で鍛えており女性ながら剛腕なのだ。
「反則技じゃないですか」と佳人は咽せながら抗議する。本人は戯れのつもりなのかもしれないが、やられっ放しのこちらは堪ったものじゃない。非力な佳人では太刀打ちできないのだから、獅子が猫にじゃれつくようなものだ。
「暴力反対ですよ」
「そりゃお前だよ」
佳人を解放した小車は、どかっと椅子に深く腰掛けた。
「また喧嘩か?」
「……昨晩、ちょっと。歌舞伎町で絡まれまして」
渋々ながら白状する。小車はやれやれと両手をパーカーの前ポケットに仕舞った。
「二度とやるなよ。最近流行りのキレる若者じゃねえんだからさあ」
「はは。俺、若者って年齢じゃないですよ。大人として冷静にやってます」
「余計に性 質が悪いよ」
小車はテーブルに身を乗り出し、神妙に佳人の顔を見つめる。
「なあ。頼むから、いい加減こんなことはやめてくれ。万が一バレたらマスコミのいい餌食だぞ」
「話題になればますます本が売れますね」
「……ったく。都合よく言いやがって」
小車の説教に、佳人はへらっと笑ったが、一方の小車はにこりともしなかった。
「あのなあ。そんな小汚ねえ格好してるから厄介な輩に絡まれるんだよ。ルックスは悪くないんだから、ちょっとは身だしなみに気を遣えよ」
「小車さんだって、いい歳して汚いコギャルみたいな見た目されてるじゃないですか」
お道化て反論したつもりが、小車はあからさまに傷ついた表情を浮かべた。佳人はたちまち軽薄な笑いを引っ込め、発言を後悔した。女性の年齢に触れた上に外見をからかうなんて、明らかな失言である。
自分が揶揄されたから仕返してよいという理屈は通らない。相手の性別、年齢、立場、性格、ありとあらゆる要素を考慮し、ときには場の雰囲気を察して物を申す――という誰もがそつなくこなす気遣いが佳人は不得意だった。いつもそうだ。自分の一言で空気が凍る。振る舞いを誤る。
沈黙の中、佳人は視線を落としもぞもぞと服の袖を引っ張った。袖はぼろ雑巾のように黒ずみ、ほつれた糸が何本も垂れ下がっている。小車はまだ押し黙っていた。居心地が悪く、スニーカーの中で爪先をきゅっと縮ませた。そのスニーカーも元の色がわからないほどに汚れ、盛大に穴が空いているのだ。
「……うるせえ。この髪は美容室に行く時間がなくてこうなんだよ。というか――」
ようやく小車が口を開いた。
「――あたしじゃなくて津雲の話だ。金がないのか? ウチの会社は金払いがいいとは言い難いけど、印税はきっちり支払ってるだろ?」
「……印税は、もう、使っちゃって」と答える。
小車は眉を顰めた。
「はあ? 一体なにに」
「ちょっと……」
「どうせパチンコか競馬だろ」
呆れ顔の小車がおもむろに「ほら」と白地の洋封筒を差し出す。やや勿体ぶった仕草にこれが例の手紙であることがわかった。
上質な紙の四隅になにやら植物や果実の模様が透かしで印刷されている。悪戯で使うにしてはかしこまった封筒だ。宛名書きもなかなかの達筆である。
ヤマセミが描かれた八十円切手には知らない土地の消印が捺されていた。
すでに封切られた封筒から中身を取り出す。便箋も封筒と同じ柄で縁取られていた。二つ折りにされた便箋を佳人は躊躇せずに開く。
――津雲佳人様
突然のお手紙を失礼致します。私は白恵利子と申します。アキラの姉で、貴方の伯母にあたる者です。
そこまでしか読まないうちに、佳人は便箋を折り畳んだ。
ゆらゆらと視界が揺らぐ。
鈍器で殴られたような衝撃に、咄嗟に額を押さえた。
――たしかに父の名は、白祥(ツクモ・アキラ)という。
他人からその名を聞かされるなんて。
「……実に怪しいですね。自分の腹かっ割いて死んだ親父の姉ですよ。まともな人間の訳がない」と早口に捲し立てながら雑に封筒を振ると、ひらりと紙切れが落ちた。――写真だ。
机上に乗った写真を身じろぎもせず凝視する佳人を、小車が「どうした」と覗き込む。
「俺です」
無意識のうちに口から言葉が出ていた。
「は?」
「この写真に写っている子どもは、俺です」
小車が驚いて「じゃあ手紙は本物か!」と叫ぶ。
それには答えられなかった。答えようがないのだ。伯母の存在どころか父の経歴についてはなにも知らないのだから、これが偽物なのか本物なのか確かめる術もない。
もし、これが自分の記憶にない頃に撮られた写真だとして、ともに写る少女は一体誰だろうか。近所の子どもか、或いは血縁者か。
「これ、持ち帰ってもいいですか」
「もちろん。お前宛ての手紙だ」と小車は軽い調子で頷いた。
写真と便箋を封筒に仕舞う。手が震え、何度目かでやっと上手く収まった。いつもなら小車の茶々が入ってもいい場面だが、彼女はなにも言わなかった。
それから一時間ほど今後の仕事について打ち合わせた。気もそぞろに碌に集中できない佳人の様子を見かねたのか、小車が「続きは年明けに話そう」と話の途中で切り上げた。
ビル内がやけに冷えるとは思ったが、それもそのはずだった。雪が降っていた。玄関先まで見送りに出た小車の息が白く色付く。
「親戚の人、会えるといいな」
佳人は「まあ」と曖昧に返事をする。
「小車さんは会社で年越しですか」
「どうかな。そうならないことを祈ってくれよ。――それじゃ津雲、よいお年を」
「ええ――よいお年を」
手を振る小車に会釈を返し、佳人は出版社をあとにした。
~つづく~
著者紹介
緒音 百(おおと・もも)
佐賀県出身。大学時代に民俗学を専攻して語り継ぐことの楽しさに目覚め、怪談・奇談を蒐集する会社員。共著に『呪録 怪の産声』『鬼怪談 現代実話異録』『呪術怪談』他。『かぎろいの島』で第三回最恐小説大賞受賞。