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おぞましき非業怪談『実話凶忌録 腐屍の書』(伊隅桂馬)収録話「手遅れ」全文掲載+コメント

理不尽に襲い来る怪異
おぞましき死者からのメッセージ!!

内容・あらすじ

遭難者の捜索で入った山中で遺体は見つかった。しかしそれは奇妙な状態で…「山姫」
バイト先の店先で起きた悲惨な事故、それは連鎖し…「哄笑」
旧友がくれた小銭、そこに隠された暗い意図とは…「小遣い」
家にあった井戸を埋めてから家族が一人ずつ死んでいく。掘りなおそうとするのだが…「手遅れ」
子供の頃から聞こえていた〈ご先祖様〉の声の通りに生きていたという男が最後に聞いた命令とは…「舌禍」
など42話収録。
死の連鎖が絡みつく強烈な怪異とおぞましき死者からのメッセージの数々!
新たな書き手が取材し書き溜めた恐怖の実話怪談を、今ここにまとめ上げる!

著者コメント

 ──────取材用ノートを元に再現。
 某月某日。○○さん(店主)の居酒屋にて。
 客は大沢さん(男性)、小暮さん(女性)、もう一名(女性、名前不明)の三名。
 三名はテーブル席。自分(筆者)はカウンター。
 ○○さんの紹介で、大沢さんたちと仲良くなった。
 話をするのは、今回で三回目。
 雑多な話で盛り上がった後、『幽霊を見たことはないか?』と質問をした。
(怪談を集めていることは、前回伝えてある)
大沢「お化け? そんなのは、見たことはないなぁ」
筆者「まあ、そうですよね。大体の人は、見たことがないって仰いますよ」
大沢「いや、俺はないけど……そういや、この間そんなこと言われたな」
小暮「嫌だ~。怖いからやめてよ」
(メモ:小暮さんは怖い話が嫌いらしく、話を遮ってくる。要注意人物)
筆者「大雑把でいいので、教えてくれますか?」
大沢「まぁ、俺が見た訳じゃないし。そんなに怖い話じゃないから」
(大沢さんが、小暮さんを宥めてくれる)
大沢「この間、知り合いの同業者から電話があったんだよ。二ヵ月くらい前かなぁ。んでさ、何か声が震えていて、『どうかしたか?』って聞いたら、いまさっき部下の社員と一緒に、受注した屋敷の内装工事に行ったって言うんだよ」
(追記:大沢さんも内装工事業者。同業者に顔が利くとのこと)
大沢「でね、工事やってる最中に『出た』らしくてさ。それで、仕事道具をほっぽり出して、ふたりで逃げてきたって言うんだよ。だから『仕事道具、取りに戻らなきゃいけない』なんて、泣き言ほざいてやがって」
筆者「マジですか? その屋敷ってどこにあるんですかね?」
大沢「近くに、○○町ってあるだろ。そこの○○番地にある空き家なんだけどさ」
小暮「あ~、そこ知ってるわ。廃墟で、誰でも入れるから危ないのよ」
(メモ:なぜか小暮さんが話に割り込んでくる。耳を塞いでいたのでは?)
筆者「そうなんですか。で、その内装工事の人たちって、一体何を見たんですかね?」
大沢「いやぁ、それがな、教えてくれないんだよ。俺も気になるから、何度も聞いたんだけど、『怖いから、言いたくない』って言って」
筆者「そうですか……でも、『出た』って言うくらいだから、お化けなんですかねぇ?」
(メモ:あまり、しつこく聞けない。ただ、せめて幽霊が出たのかどうか、確認を取りたい。これでは、怪談にならない)
筆者「もし、都合が悪くなければ、そのおふたりの連絡先を教えて頂けませんかね。決して、ご迷惑をお掛けしませんので」
大沢「……そりゃあ、無理だな」
筆者「そうですか。やっぱり、迷惑ですかね?」
(メモ:大沢さんは困ったような顔をした)
大沢「そうじゃなくて……ふたりとも死んじまったんだよ。俺に電話くれた、その日の晩にさ。だから、電話できないんだよ」
(思わず、「マジかっ!」と叫んだ)
小暮「近所でも有名だよね、あの建物。すごく、おっかないって」
大沢「ふたりが死んだ後、俺のところにも工事の依頼が来たけど、断ったよ。あんな場所、危なくって近づけねえからさ」
筆者「じゃあ、その建物ってどうなるんですかね? ほったらかしですか?」
大沢「誰も屋敷に入りたがらないから……ブルドーザーじゃねえかな。重機を使って、外から壊すしか手はないと思うよ」
(要確認:興奮して、ふたりの死因を聞くのを忘れた。後で聞きにいく)
 以上のような取材を元にして、本書は出来上がっております。
 怪談の取材に応じて頂いた大勢の皆様、並びに本書の出版に関わって頂いた方々、数ある怪談関連の書籍の中から、本書を手に取って頂きました読者の皆様に、心よりお礼を申し上げます。

本書「あとがきに代えて」より全文抜粋

試し読み1話

手遅れ

「うちの井戸を掘り直したいので……業者を紹介して貰えませんか?」
 いまから四年ほど前、沖縄在住の宮城さんはそんな相談をされた。
 相手は釡田さんという女性で、当時、連れ合いを亡くされたばかりの未亡人だった。
 歳は宮城さんと殆ど変わらないが、心労のせいか酷く老けて見えた。
 釡田家の事情については、少し前に噂話を聞いていた。
「だから、そのうち相談に来るとは思っていたの。うちの人は、沖縄の土木業者に顔が利くし……旦那さんが井戸を埋めてから、釡田さんの家は不幸続きだったから」

 最初は、高校生の次男だった。
 スクーターを運転中に大きな事故を起こし、即死したのである。
 井戸を埋めてから、ちょうど一週間後のことだった。
 それから二週間が経たないうちに、長女が意識不明で病院に搬送された。
 通勤途中に突然倒れ、未だに意識が戻っていないのだという。
 そして、彼女の夫である。
 彼は自宅で心臓発作を起こし、あっさりと死んでしまった。
 井戸を埋めてから一ヵ月も経たないうちに、立て続けに不幸が起こったのである。
「沖縄ってね、龍脈っていう思想があるのよ。神様の通り道みたいなものかしらね。それで……釡田さんのご自宅って、その龍脈の上に立っていたんだけど」
 釡田さんの夫が、なぜ井戸を埋めようとしたのかはわからない。
 ただ、周囲の友人たちが、こぞって止めさせようとしたのは確かなことだった。
 釡田家の井戸は〈龍穴〉だから、埋めては駄目だと忠告したのである。
 だが、却って釡田さんの夫は意固地になり、井戸埋めを強行したのだという。
「結局、その家には奥さんしかいなくなっちゃって。だから、奥さんも必死だったと思うのよ。業者に井戸を掘り直させて……神様に謝るんだって」
 気の毒に思った宮城さんは、家族でのつき合いがある業者に電話を掛けて、井戸を掘り直す工事を依頼したのだという。 
 それを見た釡田さんは安堵し、『これで助かりました』と感謝して帰っていった。
 ――が、手遅れだった。
 その日の晩、釡田さんは急逝してしまったのである。
「報道はされなかったから、事件じゃないと思うけど……死因は知らないわ。ただ、井戸を掘り直す工事は発注していたし、あの奥さんが自殺するとは思えないのね」
 現在、釡田さんの家は無人となり、半ば廃墟化している。
 依頼人が亡くなったので工事も行われず、件の井戸は埋まったままなのだという。

―了―

著者紹介

伊隅桂馬 (いすみ・けいま)

中小企業の工場勤めのエンジニア。怪談好きが高じてあちこちで怖い話を集めて書き溜めている。
年齢不詳。大学卒業後、好きであちこちを旅するうちに沖縄が気に入り、小金を貯めて移住を計画中。