おぞましき非業怪談『実話凶忌録 腐屍の書』(伊隅桂馬)収録話「手遅れ」全文掲載+コメント
理不尽に襲い来る怪異
おぞましき死者からのメッセージ!!
内容・あらすじ
遭難者の捜索で入った山中で遺体は見つかった。しかしそれは奇妙な状態で…「山姫」
バイト先の店先で起きた悲惨な事故、それは連鎖し…「哄笑」
旧友がくれた小銭、そこに隠された暗い意図とは…「小遣い」
家にあった井戸を埋めてから家族が一人ずつ死んでいく。掘りなおそうとするのだが…「手遅れ」
子供の頃から聞こえていた〈ご先祖様〉の声の通りに生きていたという男が最後に聞いた命令とは…「舌禍」
など42話収録。
死の連鎖が絡みつく強烈な怪異とおぞましき死者からのメッセージの数々!
新たな書き手が取材し書き溜めた恐怖の実話怪談を、今ここにまとめ上げる!
著者コメント
試し読み1話
手遅れ
「うちの井戸を掘り直したいので……業者を紹介して貰えませんか?」
いまから四年ほど前、沖縄在住の宮城さんはそんな相談をされた。
相手は釡田さんという女性で、当時、連れ合いを亡くされたばかりの未亡人だった。
歳は宮城さんと殆ど変わらないが、心労のせいか酷く老けて見えた。
釡田家の事情については、少し前に噂話を聞いていた。
「だから、そのうち相談に来るとは思っていたの。うちの人は、沖縄の土木業者に顔が利くし……旦那さんが井戸を埋めてから、釡田さんの家は不幸続きだったから」
最初は、高校生の次男だった。
スクーターを運転中に大きな事故を起こし、即死したのである。
井戸を埋めてから、ちょうど一週間後のことだった。
それから二週間が経たないうちに、長女が意識不明で病院に搬送された。
通勤途中に突然倒れ、未だに意識が戻っていないのだという。
そして、彼女の夫である。
彼は自宅で心臓発作を起こし、あっさりと死んでしまった。
井戸を埋めてから一ヵ月も経たないうちに、立て続けに不幸が起こったのである。
「沖縄ってね、龍脈っていう思想があるのよ。神様の通り道みたいなものかしらね。それで……釡田さんのご自宅って、その龍脈の上に立っていたんだけど」
釡田さんの夫が、なぜ井戸を埋めようとしたのかはわからない。
ただ、周囲の友人たちが、こぞって止めさせようとしたのは確かなことだった。
釡田家の井戸は〈龍穴〉だから、埋めては駄目だと忠告したのである。
だが、却って釡田さんの夫は意固地になり、井戸埋めを強行したのだという。
「結局、その家には奥さんしかいなくなっちゃって。だから、奥さんも必死だったと思うのよ。業者に井戸を掘り直させて……神様に謝るんだって」
気の毒に思った宮城さんは、家族でのつき合いがある業者に電話を掛けて、井戸を掘り直す工事を依頼したのだという。
それを見た釡田さんは安堵し、『これで助かりました』と感謝して帰っていった。
――が、手遅れだった。
その日の晩、釡田さんは急逝してしまったのである。
「報道はされなかったから、事件じゃないと思うけど……死因は知らないわ。ただ、井戸を掘り直す工事は発注していたし、あの奥さんが自殺するとは思えないのね」
現在、釡田さんの家は無人となり、半ば廃墟化している。
依頼人が亡くなったので工事も行われず、件の井戸は埋まったままなのだという。
―了―
著者紹介
伊隅桂馬 (いすみ・けいま)
中小企業の工場勤めのエンジニア。怪談好きが高じてあちこちで怖い話を集めて書き溜めている。
年齢不詳。大学卒業後、好きであちこちを旅するうちに沖縄が気に入り、小金を貯めて移住を計画中。