見出し画像

【連載短編小説】第6話―粉砕【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第6話 粉砕

 職場から帰宅した俺は、特に観たい番組があるわけでもなかったが、とりあえずテレビをつけた。テレビ番組では流せない映像、というものが存在する。例えば、テレビタレントが突然、派手に流血するなんてことは、仮にそういう事故があったとしても、決して放送されはしない。程度の差はあるにせよ、基本的には平和な映像が流されるのだ。

 そんなテレビから流れてくる音が、俺の精神を安定させてくれる。おそらくは、俺は普通なんだと、そう思わせてくれるからだ。


 俺の両親はいわゆる毒親というやつだった。周りからは、ごく一般的な家庭に見えていただろう。

 だが、俺は毎日のように両親から虐待を受けていた。傷や痣が残らない程度の暴力にとどまってはいたが、子どもを叱るために仕方なく殴っていたと言うには無理のあるものだった。

 あれは小学五年生の頃だったろうか。俺は虐待を免れる方法に思い至った。それは、家の外――例えば学校の運動場などで怪我をして帰宅するというものだ。怪我がひどければひどいほど、両親は優しくしてくれた。大人になった今では、それが家庭内暴力に見られる典型例だということは理解しているが、当時は不思議で仕方がなかった。

 それが何度か続き、法則だと確信してからは、わざと怪我をして帰宅するようになった。もちろん、毎日怪我をしていると、こちらの考えを察せられてしまう可能性があったので、たまの虐待には体を丸めて耐え続けていた。


 高校を卒業して一人暮らしを始めると、当たり前だが、虐待なんてものとは無縁の生活が手に入った。

 それでも、過去を変えることはできない――。


「先輩、今日ずっと右足引きずってません?」

 職場で隣の席から陽気な声が聴こえてきた。新卒で入社してきたばかりの男の後輩だ。

「ああ、階段でやってしまってな。まあただの捻挫だよ」

「また怪我っすかー。先輩ってもしかしてドジってやつですか?」

 失礼なやつだなと思った。

「はは、そうかもな」

 同時に、鈍感なやつで助かった、とも思う。

 仕事を終えてオフィスビルを出ると、俺は自宅とは反対の方向へ車を走らせた。壁の落書きが目立つ駐車場に車を停めて、薄暗い商店街へと足を踏み入れる。

 聞こえてくるのは、若者たちの言い争う声だった。近寄ってみると、高校生と思われる集団が殴り合いの喧嘩をしていた。何人かは既に地に伏せている。

 この辺りは治安が悪いことで有名だった。ダメ元で来てみたが、思った以上の収穫がありそうでほっとした。虐待を受けて育った俺は暴力が嫌いだったが、例の法則・・・・のおかげで、暴力の後に残る安心感に依存しているのだ。しかし、毎日怪我をして出勤するわけにはいかない。怪我をする以上の精神安定剤代わりが必要だった。それを、ここにいる若者たちが提供してくれるはずだ。

 若者たちの喧嘩に勝敗がついたことを確認した俺は、重症を負っているひとりに声をかけた。

「大丈夫か?」

「なんだよおっさん。通報とかすんじゃねえぞ」

 不良少年は睨みを利かせてくるが、怪我のせいか、立ち上がることもできないでいる。

「通報はしない。ただ、ちょっとだけ頼まれてくれないかな」

 そう言って財布から一万円札を取り出すと、不良少年は不思議そうに目を丸くした。


 必要なのは、自分以外の血液だった。

 いつからかは覚えていないが、怪我だけでは物足りなくなっていた。両親に殴られることはもうないが、虐待を免れるための法則は、歪な形に変形しながら、俺の中で生き続けているのだ。そのうちに、怪我だけでは安心できなくなった。もっと分かりやすいものを必要とし始めた。それが出血を伴う怪我である。

 ただし、負担が大きすぎた。それに、他人の目もある。

そこで俺は実験をした。他者の血でも――怪我による血でなくても、同じ効果があるのかを知りたかった。その時点で分かっていたのは、人間の血であることが前提だということである。

不良たちから集めた血液は、大した量ではなかったが、安定剤としての効果は充分なものだった。

自宅のシャワールームで彼らの血を全身に塗りたくり、幸福感を堪能する。


 ある日、俺は社員食堂で昼食をとりながら、大画面のテレビに目をやった。そこから流れる音、得られる情報、その全てが、どうでもよかった。

 そんなことを考えていたとき、近くの席にいた女性社員が悲鳴を上げた。彼女の視線を追うと、俺が上着に入れておいた血液入りの小瓶がいくつも割れて床に散らばっていた。おそらく、テレビの音が大きいせいで、気付けなかったのだろう。

 食堂がざわつく中、俺は無意識にテレビ画面を叩き割っていた。

 これで、俺は職を失うだろう。血を持ち歩いていたことも、すぐに広まるはずだ。

 これからの人生を想うと気が重くなる。仕方ない――。

 俺は自傷行為に使っていたナイフを取り出した。

 せっかくだ。ここにいるやつらを全員殺して、大量の血を浴びよう。最後に幸せを味わおう。

 俺はもう、取り返しのつかない程に壊れてしまっている。

 目の前にあるテレビ画面のように。

―了―

     ◀第5話 悪意なき理由   第7話 証明の条件▶           

著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field