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蒐集した恐怖を出し惜しみなく綴った実話怪談の傑作『黒木魔奇録 魔女島』(黒木あるじ)著者コメント&コラボ話試し読み
黒木あるじの最新・怪談実話!
あらすじ・内容
ひとつの怪談を二人の怪談作家が綴る、初の試み!
同時発売『怪談奇聞 憑キ纏イ』(小田イ輔 著)にも収録
作家・黒木あるじが最新最恐の怪談を綴る人気実話シリーズ〈黒木魔奇録〉待望の第3弾!
・コロナ禍で顕在化した怪異を纏めた連作「禍異談」
・苛烈ないじめやブラック労働に耐えた女性が人生の岐路で対峙する不気味な存在「地獄おばさん」
・K-POPアイドルを志し韓国に渡った女性が直面した戦慄の儀式「分身娑婆」
・バリ島で禁忌に触れた女性を見舞った悍ましい災厄「魔女島」
そのほか、作家・小田イ輔に誘われ同時取材を敢行した「今日からあれが」「あの日のひとだま」、後日談「昨日のあれは」収録。
蒐集した恐怖を出し惜しみなく綴った実話怪談の傑作!
著者コメント
こんばんは、黒木です。このたび『黒木魔奇録』シリーズ3作目となる「魔女島」を上梓しました。これもひとえに取材協力いただいた方々のおかげです。この場を借りて御礼申しあげます。
聞くところによれば、世は空前の怪談ブームだとか。たしかに新進気鋭の書き手・語り手が群雄割拠するさまは、さながら戦国時代の様相を呈しております。もっとも私自身は戦乱とは無縁の雑兵、末席どころか座る椅子さえない老兵にすぎません。からくも余喘を保っているばかりの死にぞこない、露と消える日を待つばかりであります。
けれども、そんな棺桶に片足を突っこんだ身なればこそ、私はいまも怪談を収集できているのかもしれません。死にぞこないの腐臭を嗅ぎとった〈成仏しそこねたモノ〉や〈人に成りそこねたモノ〉が集ってきている──そんな予感がしてならないのです。もっとも彼らの真意は判りません。私を同朋と認めて接近しているのか、それとも隙あらば引きずりこもうと舌なめずりをしているのか。後者でないことを祈るばかりです。
ともあれ、今後も彼岸と此岸のすれすれを歩きつつ、闇にたゆたう怪しい話をひとつでも多く集め、綴り、読者諸兄姉に届けたいと願っております。よろしければ、もう暫くおつきあいのほどを──。
著者自選・試し読み1話
今日からあれが
九月某日
深夜、怪談作家の小田イ輔氏から電話をもらう。
いまや押しも押されもせぬ人気作家の小田氏だが、私とは大学の先輩後輩でもある。
思えば昔から変わった人物で、奇妙な事件や人物を引き寄せるきらいがあった。まさか同業になるとは予想もしなかったが、必然であったのかもしれない。
「一泊二日の旅行につきあってもらえませんか」
近況を報告するより早く、小田氏はそのように告げた。なんでも、東北のとある町に奇妙な体験をした男性──つまりは怪談の取材対象者がいるのだという。
彼いわく、男性を紹介してくれた知人から「じかに会って話を聞き、ついでに貸している荷物を引き取ってきてくれ」と頼まれている。けれどもなにせ地の利がない場所のこと、単独行では心許ない。そこで勝手知ったる私に同行二人を持ちかけたわけだ。
「あの町は母親の生まれ故郷だからそれなりに土地勘はあるよ。ほかならぬ君の頼みとあっては、断るわけにもいくまい。どれ、久々に行ってみるか」
面倒見の良い先輩を演じつつ、私は内心で算盤をはじいていた。
前述のとおり、小田氏は怪しいモノを呼ぶ質ときている。彼と一緒なら変わった話を蒐集できるかもしれない──そんな下心もあって、私は珍道中を快諾したのである。
そんなわけで、まずはくだんの男性の体験談を以下に紹介したい。
むろん、小田氏も近刊でおなじ話を記す予定だと聞いている。書き手によって怪談がどのように変容するか、見比べてもらうのも一興かもしれない。
肥後さんという男性が、小学校にあがってまもなくの出来事だという。
当時の彼はたいそうイタズラ好きで、ことあるごとに叱られていた。母や先生に拳骨を食らわない日はなかったというから、いやはや筋金入りのわんぱくである。
しかし、父だけは怒鳴ることも暴力をふるうこともなかった。
そのかわり──毎回おなじ科白で彼を諌めたのだという。
「そんなに悪い子は、●●さまに渡すぞ」
「そんなことをしていると、●●さまにお願いするぞ」
黒丸の部分に関しては当の肥後さん自身もまるで憶えていない。ただ、「人攫い」や「子取り」など、大人が脅かすときの常套句ではなかったようだ。具体的な固有名詞であるのはたしかだが、その後の人生では一度も聞いていない単語らしい。
最初のうちこそ「●●さま」に慄いていた肥後さんだったが、子供というのは総じてしたたかである。次第に父の説教を鼻で笑うようになり、ある日とうとう反論を試みた。
「幽霊もサンタもいないんでしょ。そんなもの、いるワケがないじゃん」
と──無邪気に勝ちほこる息子をじっと見つめていた父が、
「じゃあ、逢うか」
喉から無理やり押しだすような声で、ひとこと告げた。
肥後さんが怯まず「いいよお」と戯けてみせる。
その場は、それで終わった。
数日後の深夜──いきなり身体を激しく揺さぶられ、彼は眠りから醒めた。
状況が把握できぬまま周囲を見まわすと、父が自分を見下ろしている。
真剣な表情だった。従兄弟のケイ君が亡くなった日とおなじ顔をしていた。
「おいで」
戸惑う息子を立たせるなり、父はそのまま手を引いて玄関へ向かった。促されるまま靴を履き、ドアを開ける。パジャマの裾から滑りこむ冷気で鳥肌が立った。
見あげた夜空には、満点の星が瞬いている。こんな時間に起きているという事実に、幼い肥後さんは妙な興奮をおぼえていたという。
と、父が門柱の手前で歩みを止め、数メートル先を指した。
「いいかい。今日からあれが」
道路のまんなかに、山羊を彷彿とさせる風体の男が立っていた。
細面の顔には深い皺が走り、腰まで伸びた白髪は毛先が稲妻のようにくねり曲がっている。髪とおなじ色をした髭のあいだから、いまにも爆ぜそうな黄色く尖ったニキビがぶつぶつと吹いていた。
容姿もさることながら、男はとにかく臭かった。黒黴でまだらになった服が臭っているのか、それとも溜まった垢が発酵しているのか知らないが、腐った牛乳を思いだす悪臭を全身から漂わせている。
異形と異臭に驚きつつ、肥後さんは子供ながらに悩んだ。
もしかして、この人が●●さまなのかな。
でも、どうしてこんな時間にウチへ来たのかな。
答えは出なかった。否──このまま考え続けたら出そうな答えが、怖かった。
思わず後退る息子の背を、背後の父が両手で、とん、と押し戻した。
「今日からあれが、お前のおとうさまだよ」
その言葉へ応えるように、男が黒い歯を見せて「おいでい」と笑った。唇の端が割れ、皮膚の滓が服にはらはらと落ちていった。
「今日からあれがおとうさまだよ、今日からあれだよ。おとうさま。お前だよお前」
父の発言が崩れていく。背中を押す掌は止まらない。
男に接近するのが恐ろしく「いやだ!」と叫んで父の服に顔を埋めたところまでは、おぼろげに憶えている。気がつくと朝になっており、布団のなかで丸まっていた。
パジャマからは、わずかに饐えたにおいがする。
あのあと、自分は山羊男に抱きかかえられて我が家に戻ったのではないか。
そんな想像に震えたものの、そこは子供のこと。朝食を終えて学校へ行くころには、すでに恐怖が薄らいで──そのうち、彼はすっかりと忘れた。
それから数年ほど経った、ある夜のこと。
高校生の肥後さんは、唐突に〈山羊男〉を思いだした。
テレビで秋田県のナマハゲを報じるニュースを目にした瞬間、泣き叫ぶ子供と当時の自分が重なったのだという。
「ねえ、〝なんとかさま〟っていたじゃん? あれは躾にしてもヤバすぎでしょ」
風呂からあがったばかりの父に向かい、冗談めかして抗議の声をあげた。
ところが──当の父も、傍らで聞いていた母もきょとんとしている。
そんな人物は知らないというのだ。
「そもそも、あのころ俺は夜勤だったろ。お前が寝てるときは家にいなかったよ」
父の言葉に、母が「ほんと、忙しかったよねえ」と頷く。
言われてみれば、当時の父は朝に疲労困憊で帰宅していたような記憶がある。
では、あれは夢だったのか。
首を傾げる肥後さんを置き去りに父は寝室へ向かい、母は台所に消えていった。
だから、彼も「夢に違いない」と思うしかなかった──のだが。
山羊男の話を告白した翌週、一本の電話がかかってきた。
たまたま自宅にいた肥後さんが受話器を取るや相手は聞いたことのない苗字を名乗り、
「一昨日、お父さまが当院へおいでになられた際、忘れ物がございまして。念のためにお知らせしておきます」と早口で告げ、返事も待たずに切ってしまった。
そのときは「病院にでも行ったのかな」と思ったが、しばらく経って気づいた。
当院というのは、寺のことではないか。
だとすれば父はあのあと、どこかの寺に行ったことになる──けれども、どうして、なんのために。
疑問は数多あったものの、けっきょく肥後さんは父に電話のことを告げなかった。
ゆえに、彼の父が寺へ行った理由も、そもそも本当に寺だったのかも、声の正体も、いまにいたるまで不明のままなのである。
取材の終盤、私は「どうしてお父さんに知らせなかったのですか」と彼に訊ねた。
わずかに言い淀んでから、肥後さんが「だって……」と口を開く。
電話の声は、あの夜聞いた山羊男の「おいでい」に、とても似ていたのだという。
―了―
🎬人気怪談師が収録話を朗読!
11/25 18時公開
著者紹介
黒木あるじ (くろき・あるじ)
『怪談実話 震』で単著デビュー。「無惨百物語」シリーズ、『黒木魔奇録』『黒木魔奇録 狐憑き』『怪談実話傑作選 弔』『怪談実話傑作選 磔』『怪談売買録 拝み猫』『怪談売買録 嗤い猿』など。共著には「FKB饗宴」「怪談五色」「ふたり怪談」「怪談四十九夜」「瞬殺怪談」各シリーズ、『奥羽怪談』『未成仏百物語』『実録怪談 最恐事故物件』『黄泉つなぎ百物語』など。小田イ輔やムラシタショウイチなど新たな書き手の発掘にも精力的だ。他に小説『掃除屋 プロレス始末伝』『葬儀屋 プロレス刺客伝』など。