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【連載短編小説】第7話―証明の条件【白木原怜次の3分ショートホラー】

気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!

サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…

はっとさせられるような意外な結末が待っています。

なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!

第7話 証明の条件

「ちょ、兄貴! 観てたのになんで消すんだよ!」

「ボクシングなんてつまらない格闘技だ。制限が多すぎる」

 もちろんこんな説明で弟が納得するとは思っていない。だが、プロの格闘家である俺は、先日二十歳になったばかりの弟に現実を教えてやりたかった。

「……なあ、兄貴」

 自室に戻ろうとしたところで、弟が声をかけてきた。やけに神妙な面持ちだ。

「総合格闘技、引退するってニュース見たよ。これからだってのに、なんで辞めちゃうんだよ」

「三試合も経験すればわかる。俺が誰よりも強いってことがな」

 弟はまだ何か言いたげだったが、俺の頑固な性格を知っているからだろう、深くため息をついただけで、テレビの電源を入れ直した。俺も黙ってリビングを出た。

 自室の机に置いていたスマートフォンを確認すると、トレーナーからの不在着信の通知が表示されていた。かけ直す気にはなれなかった。おそらくは、俺が勝手に引退宣言をしたことについて、彼は相当に怒りを覚えているだろう。

 数分経過したあとも、止められると分かっているせいか、やはり応対する気にはなれなかった。次にジムへ行ったときには彼の怒りも今よりはマシになっていることを祈ろう。

「ふぅ……」

 俺にはもう、格闘技を続ける気力はない。

 小学生の頃に空手を習い始め、中学からは柔道も始めた。誰にも負けなかったのは、体格に恵まれているからだと思っていたが、いつしかそれは間違いだと気付いた。対人戦において、どんな格闘技でも俺は負けない。これは人知を超えた才能なのだと確信したのだ。

 それに気付いてから、この世に存在するあらゆる格闘技に挑戦した。それだけじゃない。法の外で行われている地下格闘技にも参戦したり、時には銃やナイフなどの武器を持った裏社会の連中とも戦った。

 全ては、俺が最強であるのかを確認するために。

 重要なのは強さを実感することではない。あくまで『確認』だ――。


 翌日、俺は所属しているジムに向かった。いや、もしかすると、もう所属していることにはなっていないのかもしれない。総合格闘技を主戦場にしてからは、競技を転向しない旨をトレーナーに伝えてあった。総合格闘技を辞めた今の俺は、格闘家と名乗る資格を失っているも同然なのだ。

 判然としない心境のままジムの入り口に足を踏み入れる。

 俺は驚きに目を見開いた。

「お前なら逃げるなんてことはしないよな?」

 そう告げるトレーナーの目には、明らかな殺意が見て取れた。いや、手に持っている薙刀だけで簡単にわかることだ。

 彼は俺を殺そうとしている。

 刃の放つ独特の光が、俺を一直線に捉えているように見えた。

「お前が武器を持った相手にも対応できることは知っている。だか武術を体得した者が武器を持って挑んできても、同じことができるか?」

「そんなことより、なぜ俺を――」

「殺される前に殺す。ただそれだけのことだ」

 返す言葉は浮かんでこなかった。全くの意味不明だ。俺がトレーナーを殺す動機などどこにもない。

「私は全盛期のときのように動けない。ならば決断は早いほうがいいと思ったのだ」

「俺が知りたいのは、なぜ俺を殺そうとしているのかです」

「言っただろう。殺されるのを防ぐためだ」

 俺はかぶりを振った。

「俺をここまで育ててくれたのはあなただ。感謝こそすれ、殺すなんてことはあり得ない」

「殺す動機はあるだろう。お前は自分が最強であるかどうかを常に試し続けてきた。そして誰にも負けなかった。そうなると、行きつくのはお前を育てた私だ」

「……仮にそうだとして、命まで奪う必要はないと思いますが」

 薙刀を構えながら、トレーナーはこちらへ一歩ずつ距離を縮めてくる。

 彼は大きな勘違いをしているが、確かに、死んでくれたら・・・・・・・と密かに思っていたのは事実だ。

 俺は諦めることにした。彼の死を待つことはやめて、ここで殺す。

 

想ったよりも呆気なく、トレーナーは死んだ。勝てることはわかっていた。彼は格闘家を引退して十年以上経っていた。年齢の差は、武器を用意したところで、埋められるものじゃない。

 死体の横で壁にもたれながら、俺は深く息を吐いた。目的が達成できなかったことに、ひどく落胆した。

 トレーナーが全盛期の力で俺と戦えたなら、俺は負けていたかもしれない。だからこそ、彼が死ぬ同時期に俺も死ぬことで、生まれ変わったとき、同世代の格闘家として出会い、戦えると考えていたのだ。

 馬鹿な考えだという自覚はある。だが、最強を証明する方法は、それしか思いつかなかった。

 同時期に死ぬこと。これはおそらく必須事項だ。

 もう少し生きていたかったな、などと考えながら、俺は地面に落ちている薙刀を拾い上げ、自分の心臓に突き刺した。

―了―

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著者紹介

白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)

広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。

Twitterアカウント→ @w_t_field