【連載短編小説】第15話―終わりなき殺人鬼【白木原怜次の3分ショートホラー】
気鋭シナリオライターの白木原怜次が綴る短編小説連載!
サイコミステリー・ホラーなどいろんな要素が詰まった、人間の怖い話…
はっとさせられるような意外な結末が待っています。
なるべく毎週末(土日のどっちか)配信予定(たぶん)!
▼第15話の前日譚はコチラ▼
第15話 終わりなき殺人鬼
広島県三原市で起きた連続殺人事件から一ヶ月が経とうとしていた頃、広島県警に属する一人の男が広島市内の病院にやって来た。男は受け付けを済ませると、何食わぬ顔で院内のソファーに腰をかけた。初診ということで、簡単な問診票を書くよう言われていた。さっさとそれを済ませてしまうと、男は院内をざっと眺めて、時間を潰す材料を探した。しかし、思考が邪魔をする。
精神科を受診するのは初めてだったが、特に緊張はなかった。唯一懸念しているのは、彼が何度か犯してしまった軽犯罪について、うっかり口が滑ってしまわないかというものだ。
そんなミスを犯すような馬鹿な男ではないと自負していたが、やはり頭をよぎってしまうのだった。
男は気付いていなかった。軽犯罪については最も忌まわしい記憶を思い起こさない為の仮初に過ぎない。約一ヶ月前に、彼は一人の人間を殺しているのだ。メンタルの強さには自信があったが、さすがに殺人という重罪を背負って生きるのは簡単じゃない。医者に診てもらうことに決めたのも、その重荷が精神だけでなく体調や行動にまで影響を及ぼし始めたからだった。
腕時計を見て時間を確認しようとしたところで、彼の名前が呼ばれた。ソファーから腰を上げ、診療室に向かう。
引き戸を開けると、四十代半ばくらいの男性医師がパソコンのキーボードを叩いていた。
「どうぞ、お座りください」
「失礼します」
医師は問診票を眺めながら、
「何か大きなトラウマを抱えているのではないですか?」
と質問をする。その表情は、男に対して何か疑いの念を抱いているように見えた。男は、動揺しないよう軽く息を吐いて、用意していた回答をそのまま伝えた。
「刑事をやっているんですが、凶悪犯罪を何度か担当していまして、それが知らぬ間に恐怖の対象になっていたのかもしれません」
実際のところは、事件や犯罪者に対して、恐怖を感じたことは一度もなかった。彼にとっての恐れるべきものとは殺人罪で捕まることだ。
「なるほど、大変なご職業ですね。おっしゃる通り、お仕事との関連性は高いでしょう。そういえば、三原市では少し前に恐ろしい事件がありましたね」
「三原連続殺人事件ですね。私も捜査に加わっていました」
言うべきか迷ったが、隠し事をむやみに増やすべきではないと考え、正直に話した。
「そうでしたか。ご苦労様です」
「いえ……」
「それから、記憶が度々なくなると」
「はい、いつの間にか移動していたり、起きたら自宅ではなくビジネスホテルだったり、正直困っています」
意識が曖昧になり、その間、感情のコントロールが利かなくなる。実際のところはそれが事実であり、はっきりとした記憶喪失を体験したことはない。しかし、いずれそうなるのではと不安には思っていた。精神科を受診することに決めた理由はそれだ。
「程度はまだ経過を診ないことには分かりませんが、おそらくPTSDでしょう。しかし、最も懸念すべきところは――」
医師は言うべきか迷っている様子だった。しかし、男が動じていないのを確認して、全てを正確に告げる選択をした。
「解離性同一性障害の兆候が見られるところです」
男は、PTSDについては知っていた。だが、解離性同一性障害については聞いたことがある程度で、詳しくは知らない。
「昔は多重人格なんて言われていました。かなり珍しい病気です。記憶がなくなっている間に、別の人格が意志を持って行動しているのかもしれない。現実味のない話に聞こえるかもしれませんが、そこまではっきり記憶を失っているのであれば、可能性はあります」
いくつか薬を処方してもらい、男は病院を出た。多重人格を持つ人間がこの世にいないと思っていたわけではない。しかし、まさか自分がそうなるとは夢にも思っていなかった。
記憶が曖昧になっていく回数が増えているのは事実で、今のままだと本当に医者の言う通りになってしまうかもしれない。そうなれば、犯罪を何度も繰り返す人格が生まれることになる。
数を重ねれば、軽犯罪とはいえ、看過できない。
やはり、殺人を犯したことで、自分の中に悪魔が誕生してしまったのだろうか。
そんなことを考えながら、男はとりあえず署に戻ることにした。
その道中、タクシーの中で事の発端となったあの日のことを思い出す――。
三原連続殺人事件は犯人を捕まえて解決ムードだった。しかし、取り調べはあまりスムーズに進まなかった。というのも、一件目の殺人についてだけ犯人は自分のやったことではないと言い張るのだ。確かに、被害者との関連性もなく、何より動機が見つからない。二件目以降の殺人は認めているし、少しでも罪を軽くしようなどといった企図があるようにも思えない。
男は、犯人の犯行前の生活を洗いざらい調べることにした。
その結果、犯人が自分の知っている人物と結びついた。
その人物を追っていくと、一件目の犯行が彼の仕業で、二件目以降も彼の存在があってこそ起こり得たものであることが明らかになった。
そして、男はその人物を射殺する。計画性はない。ただ許せなかったのだ。
同じ刑事、それも自分が育ててきた部下が殺人を犯したという事実を。
「すみません、やっぱりここで降ろしてください」
タクシー運転手にそう告げると、署の近くにある墓地に向かった。
そして、彼が殺した人物の墓前に立ち、深く息を吐く。
「殺しを殺しで解決しちゃあまずいよな。もしかすると、そんな俺が育てたからこそ、お前みたいな殺人鬼が生まれたのかもしれないな」
男は彼を恨んではいなかった。自分を傷つけるのが怖くて彼を殺したのだという自己分析はできていた。
「俺の中に生まれようとしてる人格ってのは、もしかするとお前なのかもしれないな。いや、きっとそうだ。お前は俺の――高田の一部になったんだ。なあ――」
高田は墓に掘られた名前を静かに読み上げる。
「――水本和成」
―了―
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著者紹介
白木原怜次 (しらきはら・りょうじ)
広島県三原市出身。14歳の頃から趣味で小説を書き始め、法政大学在学中にシナリオライターとしてデビュー。ゲームシナリオでは『食戟のソーマ 友情と絆の一皿』『Re:ゼロから始める異世界生活-DEATH OR KISS-』『天華百剣−斬−』『メモリーズオフ -Innocent Fille-』など受賞作・ビッグタイトルに参加し、現在は企画原案やディレクションも担当。ミステリー作品の執筆を得意としており、ホラーはもちろん、様々なジャンルをミステリーと融合させるスタイルを確立しつつある。
Twitterアカウント→ @w_t_field